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世界樹の下のルル  作者: 井平カイ
第三幕 本国警備兵隊
14/21

シオン

「――で? 誰が大将をする?」


 静まり返る教場で、ネラは切り出した。しかし誰もそれについて意見を言おうとしない。事前に大将について聞いていた蓮もまた、視線を合わさないように俯いた。

 模擬戦術における大将とは、その戦術の要となる人物である。どれだけ兵が減っていようが相手の大将を倒せば勝利となり、逆にどれだけ優勢に立っていようが大将が倒されればその時点で敗北が決まる。

 こと今回の模擬戦術で言えば、相手である警備兵隊は当然大将を倒しにくるわけであり、つまりはプロの戦闘集団に狙われる立場になるということ。無事で済むはずもなかった。

 蓮からすれば、そんな面倒なことなどしたがるはずもなく、大将にならないことだけを切に願っていた。


「……やっぱ誰も立候補しないか……まあ、気持ちはみんな一緒だろうけどね……」


 ネラは諦めるように呟く。しかし模擬戦術をすると決まっている以上、誰かが大将を務めなければならない。このままでは埒があかないこともあり、ネラが提案をした。


「この際、くじ引きで決めない? そうすれば平等に―――」


「――俺がする」


 突然、静まり返った教場に野太い声が響く。全員がその方向に目をやると、腕を組んでふんぞり返るように座るダヴィーがいた。全員の視線を受けたダヴィーは、もう一度口を開いた。


「俺が大将をする。異存はないな?」


 異存なんてするはずもない。むしろ、このクラスで一番の実力者だと認識されているダヴィー以外に適役はいない。全員が首を横に激しく振った。


「なら決まりだな。戦術なんてものは、おそらく無駄に終わるだろうが……それでも一矢報いたい。そこで、だ。俺から提案がある」


 この日、ダヴィーは珍しく多く話していた。普段寡黙であるはずの彼がここまで口を開くことに驚いていた生徒達は、黙って話を聞いていた。


「敵の大将に向けて、奇襲をかけようと思う。敵はおそらく、かなり舐めてかかってるはずだ。大将の護衛もほとんどいないだろう。――そこを狙う」


「……あ、あの……」


 ダヴィーの提案に、ケントはおそるおそる口を開いた。ダヴィーは座ったまま、ケントに視線を送る。


「反論するわけじゃないんだけど……敵の大将って言ったら、たぶんかなり強い人だと思うんだ。そんな人に、誰が奇襲をかけるの?」


 生徒は皆一様に首を縦に振る。当然だろう。単身、または少人数で突っ込んでいっても、たちまち返り討ちにされることは目に見えている。可能性があるとするなら、それはダヴィーしかいない。しかし彼以外に大将をやれる人物なんているはずもなく、そして大将である彼が奇襲をかけることも出来ない。とどのつまり、手詰まりとなっていた。

 しかしダヴィーは、淡々を語る。


「それはもう決めている。――蓮、お前だよ」


「………は?」


 空気が固まった。クラス全員の意表を突いた一言だった。しかし一番意表を突かれたのは他でもない、蓮その人だった。蓮は一気に焦りを感じる。そしてここから、怒涛の拒否を見せた。


「いやいや、何で俺?」


「お前以外に誰が出来る?」


「むしろ俺に何が出来る?」


「大将を倒す」


「無理無理。いや無理だから」


「そんなはずはない。それとも、お前が大将をするか?」


「そんな俺が大将した日には、始まると同時に降伏するぞ」


「残念だが、それは出来ない。大将は降伏出来ないようになっているのは知ってるはずだが」


「マジでか。いやいや、それなら両方無理」


「大将は俺だ。その俺が決めたことだ。拒否権はない。拒否すれば、お前が大将だ」


「黙秘権を使わせてもらう」


「それならば決定だな」


「だーかーらー! 無理だってええええ!」


 散々拒否した蓮だったが、ダヴィーはあくまでも彼に奇襲をかけさせるつもりだった。ダヴィーは、以前の模擬戦闘の時、蓮の実力の一端を知った。だからこそ、彼は蓮を推す。むしろ、今回の作戦は、蓮なしでは成立しないとまで考えていた。

 しかし、はたから見守るケント達は、何が何だか分からない様子だった。それもそうだろう。彼らにとって、蓮とはただの怠け者にしか見えていなかった。

 いくらなんでもそれは無茶なのでは――そう思いつつも、誰一人ダヴィーに反論出来るはずもなく、結果、蓮の反対も虚しく、敵大将への奇襲役は蓮に決定した。

 その後ふて腐れた蓮を他所に、作戦会議が開かれた。敵の力は強大。自分達に出来ることといえば、全員で大将を守り、奇襲役の蓮が敵大将を倒すのを待つことだけだった。

 ……教場内は、既に絶望感が飽和状態となっていた。




 ◆  ◆  ◆




 その頃と同じくして、学練院には本国警備兵隊が到着していた。

 その人数は二十数人。いずれも鎧を身に付けいるが、動きやすさのためか、必要最低限のものだった。一子乱れぬ行進で学練院に辿り着いた一団は、皆一様に鋭い視線を放っていた。

 学練院の正門には、アサギが出迎えていた。そして、その隣には一人の老婆の姿もあった。修道衣に似た服を着る少し小柄な老婆だったが、表情は朗らかで慈愛に満ちている。

 老婆は、辿り着いた一団に深々と頭を下げた。


「よく来てくれましたね。お待ちしてましたよ」


 老婆が挨拶をすると、一団の先頭にいた男が歩み寄る。その体格は巨漢であり、動きには隙もない。肩までのゴワゴワとした髪と頬から顎にかけて短い髭が伸び、その眼光は一際鋭い。そして腰には、周りの兵と比べても明らかに大きな剣が携えられていた。

 その男は、老婆に近付くなり一礼をする。


「――私は本国警備兵隊将官、グルモント。お久しぶりです、院長」


「本当に久しぶりだね、グルモント。卒業以来かね?」


「はい。十年ぶりになります」


 その男は、本国警備兵隊の中でも数人しかいないとされる将官、グルモント。選ばれた強者達の中でも、更に選ばれた強者の強者。しかしその風貌と肩書きからでは到底想像出来ないほど礼儀正しく、言うなれば武人であった。

 そして彼が礼をする老婆は、学練院の最高責任者である院長、トーカ。数多くの生徒を見守り続けた人物であり、この学練院出身であるグルモントのこともよく知っていた。

 グルモントは、次にアサギの方を向く。


「……お前も久しぶりだな、アサギ。“退隊”以来か?」


「まあ、そうだな。相変わらず固っ苦しいな、グルモント。昔と全然変わらないな」


「フッ……アサギこそ変わらないな」


 会話する二人の表情は柔らかい。二人は旧知の仲だった。というのも、アサギとグルモントは、かつて本国警備兵隊の同僚であった。しかしアサギは、次の世代の者達を育てたいと思い、警備兵隊を退隊し、学練院の教官となっていた。


「……まあ、積もる話もあるだろうから、ひとまず院長室に行こうかね」


 院長の提案により、三人は院長室に向かう。グルモントは部隊に一時休息の指示を出し、学練院を見渡す。全てが懐かしく、張りつめた緊張感が少しだけ軽くなったのを実感していた。




 ◆  ◆  ◆




「――生徒の育成はいかがですか?」


 院長室に着いた後、グルモントは院長へ訊ねる。


「ぼちぼちってところだろうね。まあ、アンタの目に叶う人材はいるとは思うよ」


 院長は笑顔で言葉を返す。その言葉に、グルモントは僅かに嬉しそうな表情を見せた。


「それはありがたい。俺としても、視察する甲斐があるってものです」


「何言ってんの。“将官殿”が見に来たのは、どうせ“特務”の連中だろ?」


 グルモントの言葉に、アサギは笑いながら言う。グルモントは言い当てられたといった表情で、頬をかいた。


「でも残念だったな。特務の連中は、今出払っているよ。実地研修で、ちょっと遠くまで行ってるんだよ」


「……そうか……それは残念だ。出来ることなら見てみたかったけどな。特に――」


「――特に、“シオン”を……かね?」


 グルモントの言葉を遮るように、院長が笑みを浮かべながら言う。グルモントは院長を見ながら、真剣な顔で力強く頷いた。

 アサギもまた表情を引き締める。


「……まあ、そうだろうね。シオン程の手練れは中々見かけないしね」


「私も長年ここの院長してるけどね、あの子の実力は、頭一つ飛び抜けてるね」


「警備兵隊の上層部も一目置いています。場合によっては、特別処遇で卒業前に警備兵隊に編入させるという話も出るくらいです。今回の視察も、正直に言えばシオンの様子を確認するためだったんですが……」


 グルモントは残念そうに目を伏せた。


「学練院の途中で編入とは……異例の措置だね」


「上層部は焦ってるんですよ。何しろシオンは強すぎる。こう言っては失礼でしょうが、この学練院ではシオンは育たないと践んでいます。同世代に共に切磋琢磨する良きライバルがいない状況では、いずれ惰性に流れてしまわないか……そう危惧してるんです」


 グルモントは思い詰めたように話した。だがここで、アサギはニヤリと笑った。


「……グルモント、それについては大丈夫だと思うぞ」


 突然のアサギの申し出に、グルモントは顔を上げる。


「……どういうことだ?」


「いやな、一人“おもしろい奴”がいるんだよ。まあ、ヤル気に“少々”問題があるがな。

 それがな――」


 院長実にて、アサギは話をする。その話にグルモントは耳を疑った。しかしそれが偽りではないことを知るや、彼の表情は明るいものとなった。

 模擬戦術の時間は、刻一刻と迫っていた。


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