たかが修練
それからアサギが模擬戦闘の総括を話し、とりあえず演習場での授業は終わった。生徒達はゾロゾロと自分達の教室へと向かって行く。
その中で、アーシアは首を傾げていた。当然、その理由は蓮の模擬戦闘のこと。模擬戦闘の終了は、アサギが判断する。通常であれば、相手が倒れて明らかに決着がついた段階で宣言されるのだが、蓮の場合、二人とも無事のまま終わった。つまりは、どちらが勝ったのかは分からない。無論、模擬戦闘において、異例とも言える終了だった。
(お姉ちゃん、何で終わらせたんだろ……アイツ、何したの?)
戦闘が始まった時、相手はダヴィーだったのを見たアーシアは、当然蓮があっさり負けることを想像していた。だからこそ、今回の終了が分からなかった。
(……そうだ、アイツに直接聞いてみたら分かるかも……)
アーシアは、直接蓮に確認することにした。周囲を見渡すアーシア。だが、彼の姿が見えない。既に校舎に入ったのか……いや、彼が真っ先に校舎に入ることは考えにくい。だとしたら……
(――あ……)
ようやく、アーシアは蓮の姿を見つけた。彼は、他の生徒達とは違う、校舎の裏へと歩いて行っていた。それは、授業中に蓮がサボっていた中庭に通じるところ。おそらくは、またあの中庭に行くつもりなのだろう。
(またサボりに……!!)
アーシアは蓮が消えた方向に走り出した。なぜ自分がここまで面倒を見なければいけないのか……そんなことを考えつつも、やはり蓮のせいでアサギが怒られる方が気に入らないからだと自分に言い聞かせながら、彼の後を追った。
◆ ◆ ◆
一方蓮は、校舎裏の中庭に来ていた。キョロキョロと周囲を見渡す。彼の目当ては、あの緑髪の少女。夢で見た少女とは違うかもしれない。しかしそれでも、蓮には気になった。さきほどいた木の下にはいない。
(どこいったんだろ……)
キョロキョロと周囲を見渡しながら、更に奥へと進んでいく蓮。すると彼の耳に、女の声が聞こえてきた。
「――アンタ、いい加減にしなよ!?」
それは怒鳴り声だった。相手の声が聞こえない。一方的に怒鳴りつけるような、そんな声だった。
「……なんだ?」
その声がする方向に、蓮は歩いて行く。そして、更に奥の校舎の影で声の主の姿を見つけた。
「あれは……」
蓮はその人物に見覚えがあった。それは先ほどの模擬戦闘でのこと。一番最初に実施した、上逸の生徒だった。
「確か……レディアだったか?」
彼女は他の女子生徒二人を引き連れ、凄い剣幕で目の前に立つ人物に詰め寄っていた。その責められる人物こそ、あの緑髪の少女だった。見るからに、少女が女子三人に絡まれてる様子だった。挙句、責めていた一人の女が、少女の肩を突き飛ばす。少女はよろけ、その場にへたり込んだ。
「おいおい……」
三人がかりでそこまでしなくても……蓮は溜め息を吐きながらその方向に歩いて行った。
「あなた、私と肩がぶつかったのに謝りもしないなんてどういうことよ!!」
「なんとか言いなさいよ!!」
「そうよ!! レディアに謝りなさいよ!!」
「………!!」
三人の上逸の女子生徒に責められ、怯えるようにたじろぐ少女。それは決して見てて気持ちいい光景ではなかった。
ある程度近付いたところで、蓮は声をかける。
「――なあ、アンタら」
「え……?」
蓮の声に気付いたレディア達は、ゆっくりと後ろを振り返った。そこにいた蓮の顔を見た彼女たちは、警戒するような目で蓮を見る。
「アンタ、確か修練の……」
最後に模擬戦闘をした生徒……そう思い出した彼女たちは、警戒を解く。たかが修練、それが分かれば警戒する必要もなかった。そんな彼女らに、蓮は呆れながら話す。
「何やってんだよ。三人がかりじゃないと文句も言えないのか?」
「何ですって―――!?」
蓮の言葉に、一気に頭に血を昇らせる彼女達。そして女子生徒の一人が前に出る。ツカツカと蓮に近付いて行く――
「――待ちなさい」
だが、それを止める人物がいた。彼女らの中心人物である、レディアだった。そして、彼女は前に出た女子を下がらせ、自ら蓮の前に歩いて行った。
「あなた、確か修練クラスの人よね?」
余裕の笑みを見せながら、レディアは蓮に問う。
「ああ。そういうアンタは、さっき模擬戦闘の初っ端で出た上逸の奴だろ?」
少しだけ、レディアは驚いていた。自分が上逸だと分かっていながら、蓮は一切態度を変えることはない。それはこの学錬院においては、とても奇妙なことだった。しかし、ここで動揺を見せれば上逸の名が廃る……そう感じたレディアは、あくまでも余裕の口調で話す。
「ええそうよ。自己紹介は、いらないわよね」
「ああ、別にいい。……で? その上逸の奴が、なんでこんな情けないことしてんだ?」
「情けないこと?」
「とぼけんなよ。三人がかりで、その子に文句言ってたじゃねえか」
「……ああ、そういうこと」
レディアは、ようやく蓮の言葉の意味を理解した。そして、小さく笑みを浮かべる。
「その子ね、私にぶつかったのよ」
「だから?」
「上逸のこの私とぶつかったのよ? 修練クラスは上逸クラスに道を譲るのは当然でしょ?」
「別にお前が避けてもよかったじゃねえか。どっちもどっちだろ」
蓮はかったるそうにそう言い放つ。その言葉に、レディアは眉をピクリと動かす。
その時、その現場の近くの校舎の陰に、アーシアは辿り着いた。アーシアはその状況を見て、咄嗟に身を隠す。それまでの会話は分からないが、どうやら険悪な雰囲気になっているのは分かった。
「……アイツ、何してるのよ……」
アーシアの存在に気付かない蓮。レディアもまた然り。怒りを込めた口調で、彼女は続けた。
「……あなた、言葉に気をつけなさい。たかが修練の分際で、上逸である私に何を言ってるの?」
修練の分際、上逸である私――思わず蓮はクスリと笑ってしまった。それを見たレディアは、眉間の皺をさらに深くした。
「何か、可笑しなことでも言ったかしら?」
その言葉には、圧力が込められていた。傍から見る二人の女子は、身を震わせる。だが当の蓮は、まったく怯む様子はない。むしろそれまで以上に、小馬鹿にするように言葉を続けた。
「いや悪い。お前の話があんまり面白かったもんだからさ」
「……別に冗談を言ったつもりはないんだけど……」
「だったら尚更笑えるよ。お前、神様にでもなったつもりか? 俺からすれば、上逸だの修練だの、スンゲエくだらないんだよ。それを大袈裟に掲げて凄んでも、笑い話にしか感じないんだよな」
「……あなた、ケンカを売ってるの?」
「さあね。ただ、上逸って言葉を出せば全員がビビると思うのは止めた方がいいって。――器が小さく見えるぞ?」
「―――ッ!!」
蓮の言葉は、完全にレディアを逆上させた。彼女は背負っていた鉄の棍を構え、一直線に蓮に向かい駆け出す。そして棍を思い切り蓮に突き入れた。
「――ッ!? ヤバッ!!」
それを見たアーシアは、慌てて校舎裏から駆け出した。レディアは怒りに身を任せている。そんな状態で修練の蓮に攻撃をすれば、軽傷では済まない。アーシアはレディアを止めるべく、声を出す。
「ちょっと―――!!」
だが次の瞬間、彼女は続く言葉を飲み込む。駆け出した足も止め、目の前の状況に驚愕していた。
レディアが放った棍は、蓮の体に触れることはなかった。間もなく触れるというところで、蓮は鋭い棍の一撃を掴み、動きを封じていた。
「なっ――」
レディアもまた言葉を失う。力を抜いてなどいない。蓮を吹き飛ばすつもりで、全力で棍を突いたはずだった。だが、その攻撃は見切られていた。いやそれどころではない。蓮はそれを、“掴んでいた”。
固まるレディアに、蓮は声をかける。
「いきなり仕掛けんなよ。びっくりするだろ……」
「――ッ!!」
その言葉で我に返ったレディアは蓮の手を振り払い、一度距離を置いた。そして蓮の姿を凝視する。
(見切られた!? ――いやそれよりも、掴んだ!?)
彼女は激しく動揺していた。同クラスの者ですら、掴まれたことなどない自分の攻撃……それが、“たかが修練”の蓮が容易くやってのけた。彼女の動揺を見透かしたかのように、蓮は力ない声をかける。
「おい、もう止めとけよ。そういう面倒なことは嫌いなんだよ」
「………!!」
蓮の言葉に更にレディアのプライドは傷付く。だが動けない。彼女にとって、蓮は未知の存在だった。レディアは一度後ろに視線を送る。彼女を慕う女子二人は、不安そうに見ていた。
これ以上恥をかくわけにはいかない―――その想いが、彼女を突き動かす。
「……な、舐めるな!!」
レディアは符を一枚取り出す。それを見たアーシアは我に返った。
「―――ッ!? ほ、本気!?」
学錬院においては、敷地内で許可なく符術を使うことを禁じている。それほど符術は危険ということだ。しかし激情したレディアの頭に、それはなかった。
彼女は駆け出し、蓮の右に回り込む。蓮は動かず、視線だけをレディアに向ける。やがてレディアは立ち止まり、符にアルマを込め始めた。その間、レディアは蓮の動きに注視する。やがて符には十分なアルマが満ちる。符は光り輝き、仄かに赤く光る。それを見た蓮は、静かに一枚の符を取り出した。
「その減らず愚痴――黙らせる!!」
「――待ちなさいレディア!!」
ミーレスは力の限り叫ぶ。だがそれはレディアには届かない。ただ蓮しか見ていない彼女は、目を血走らせながら叫ぶ。
「――爆炎符!!」
放たれた符は激しく輝きながら蓮に迫る。そして、蓮の目の前で巨大な爆発を起こす。
「………!!」
緑髪の少女の瞳には、赤い爆炎が映る。立ち込める煙は周囲に広がり、辺りには焦げ臭い匂いが充満した。
アーシアは顔を蒼白にしていた。中級符“爆炎符”。演習場で使用した符術。符に触れたものを爆炎に包むその符術は、下級符である火炎符とは桁違いの威力を誇る。それを受けたのは、修練の蓮。彼女でなくても、ただでは済まないことが目に見えていた。
その場にいた上逸の女子二人もまた、立ち尽くしていた。まさかこんなことになるとは―――目の前で一人の生徒が爆炎に包まれた。その光景に、体が震えていた。
一方レディアは、呼吸を荒くしていた。無理をして爆炎符にアルマを急速に注いだ彼女の疲労は、かなりのものだった。目の前に広がる光景。一時は満悦に満ちた顔をしていた彼女も、ことの大きさに徐々に気付き始める。
「……私は……何を……」
ここまでするつもりはなかった。だが、蓮が見せた異様な雰囲気に気圧され、理性を失っていた。それに気付いたものの、もはや手遅れ。彼女は、その場でへたり込む。
爆発音と爆炎は学錬院中に広がる。無論、他の生徒も何事かと様子を見に来ていた。当然、教官もまた然り。その中には、アサギも含まれていた。
その光景を見たアサギは、すぐに声を上げる。
「――他の生徒は、速やかに教場に戻れ!! この場はアタシ達が預かる!! 聞こえたか!! 速やかに教場に戻れ!!」
他の生徒はゾロゾロと教場に戻り始める。誰もが一様に、爆炎に視線を送りながら。
生徒達が移動したのを確認すると、すぐにアサギはその現場へと駆け寄る。そして、へたり込むレディアに声を掛けた。
「……なぜ爆炎符を使った」
「あ、あの……私……」
「まさか、人に向けたのか?」
「――――」
レディアは、表情を凍らせた。それを見たアサギは、更に険しい表情を浮かべる。
「……馬鹿者!!」
怒鳴り声を上げるアサギ。レディアはビクッと身を震えさせ、涙を流し始めた。
それ以上は、おそらく会話にならないだろう―――そう判断したアサギは、周囲に視線を送る。そして、立ち尽くすアーシアを見つける。
「――アーシア!!」
声をかけ、アーシアに近付く。アーシアは、視線をアサギに向け絞り出すように声を出した。
「あ……お姉ちゃん……」
彼女の頭には、もはや“教官”と呼べるだけの冷静な思考はなかった。それはアサギにも伝わる。だからこそ、そのまま会話を続けた。
「全部見てたのか?」
静かに頷くアーシア。
「……相手は、誰だったんだ?」
「え、ええと……蓮…くん……」
それを聞いた瞬間、アサギは驚きの表情を浮かべた。
「蓮? あの蓮が相手なのか!?」
「う、うん……」
「……そう、か。そうなのか……」
ここで、アサギは安堵の息を吐く。それを見たアーシアは、何を呑気にといった顔をする。
「そうなのかって……は、早く助けないと――!!」
ようやく体の自由を取り戻した彼女は、一歩前に出る。――が、アサギは彼女の手を掴んだ。
「ちょっとお姉ちゃん!! 早く助けないと―――」
「その必要はない」
「……え?」
何を言ってるのだろうか……アーシアには、アサギの言葉の意味が分からない。彼女は、更に混乱していた。そんな彼女をしり目に、アサギは爆炎に向かって声を掛けた。
「――おい蓮! いい加減出て来い! そろそろ次の教科が始まるぞ!!」
その場にいる誰もが耳を疑った。この人は何を悠長に言ってるのだろうか―――そう思った瞬間、爆炎から声が響く。
「……へいへい。このままサボろうと思ってたのに……」
「――ッ!?」
アーシア達は驚愕する。その声は、先程まで聞いていた声。何事もなかったかのように響き渡る声。そして、突如爆炎から風が巻き起こった。風は爆炎を消し去り、煙を空高くへと追いやる。
余りの突風に、アーシア達は手で顔を防いだ。やがて風は収まる。そして彼女たちの視界には、爆発の中心部だった場所に立つ人物を捉えた。
「……うそ……でしょ……?」
思わず、アーシアはそう呟いた。レディア達は言葉すら失う。そこには、傷一つなく立つ蓮の姿があった。彼の姿を見たアサギは、いつも通りの声をかけた。
「……蓮、何をしてたんだ?」
アサギの声に、蓮はニッと笑みを浮かべた。
「別に……ちょっと、“遊んでただけ”だ」
「そうか……」
アサギもまた笑みを浮かべる。そして、他の教官達も続々と校舎から出てきてレディア達を保護した。
アーシアもまた教官に促され、校舎に戻る。しかし彼女の眼は、ひたすらに蓮に向けられていた。
(確かに、爆炎符は直撃したはず……どういうこと?)
彼女の中には、得体の知れない恐怖のようなものがあった。レディアの棍を受け止め、爆炎符の直撃に傷一つない蓮……それは、彼女にとって、常識を超えた存在に思えた。




