地下からの計画
ズターエ王国王都アスハレム。
そこから、遥か北。
ビビラという街に、ソフィアはいた。
より正確には、その地下に。
「まさか、これだけの規模の地下迷宮が拡がっているとはね……」
もしかしたら、街よりも広大なのではないか。
そして、地下迷宮に巣くう、異形の存在。
人ではないそれは無数にいて、様々な形態をしていた。
翼があるものもいれば、鋭い爪や牙があるものもいる。
複眼のものもいれば、角があるものもいる。
共通していることと言えば、戦闘向きにできているということか。
「……こいつらは?」
「聞かなくてもわかるだろう、死神ソフィア? 旧人類が作り出した生物兵器、現在では天使と悪魔と称されているそれだよ」
迷宮を先導するクロイツが言った。
彼が一歩踏み出す度、迫っていた異形の生物が、ただの無惨な肉片に変わる。
彼が痩せた腕を一振りすると、二十ほどの天使と悪魔が、灰燼と帰す。
「私が聞きたいのは」
悠然と進むクロイツの背中を、ソフィアは見つめた。
「なんでそれが、わたしたちを襲うのか、ということよ。勝ち目がないとわかっているくせに」
天使も悪魔も、人間程度の知能がある。
敵わない相手に挑むことは、普通はない。
「侵入者を排除するようプログラムされているのだよ。彼らは、この奥にある、制御装置のガーディアンだ。まあ、存在が消滅してしまう危険を冒してでも、守護しようとする価値は、あると思うよ」
「制御装置?」
「飛空艇、という表現が適切かどうかわからないが。なにせ、島と見間違うほどの巨大な設備だからな。それの、制御装置だよ」
「……そんなもの、どうするつもり?」
「私たちの、新しい家にしようと思ってね。必要だろう?」
クロイツの声の調子が、いつもよりも少し明るい。
ソフィアは、それに気付いた。
足取りも軽やかだった。
「……機嫌いいわね」
「いい。ここにいる間は、雨に降られても影響ないからな」
「……」
地下迷宮は、透明な壁のような力場に囲まれていた。
それのお蔭で、雨水が流入することはない。
ビビラの街が壊滅しても、地下迷宮の天井が崩落することはないだろう。
ソフィアに原理は理解できないが、クロイツの解析によると、一般人では地下迷宮の存在を認識することもできないという。
「間もなく制御装置だ。……少しばかり、数が多いな」
天使と悪魔。
数え切れないほどの異形の群れ。
「手伝う?」
「必要ない」
クロイツが手を上げた。
呟くように、魔法を口にする。
「イ・グラン・イーツァ」
発生した闇が、影が、暗い地下で渦を巻くように蠢き、異形の存在を喰らい壊していく。
一分ほどか、闇は地下を蹂躙し続けた。
後に残るは、無惨な骸のみ。
さすがに疲れたのか、クロイツは肩を落とした。
「ようやく到着だ……」
異形の残骸を踏み砕き、制御装置の前へと立つ。
グランドピアノほどの大きさの、箱状の機械。
盤の上には、いくつもの突起が並んでいた。
そして、教室の黒板ほどの画面が、三枚宙に浮いている。
クロイツが、慣れた手つきで突起を叩いていく。
画面に、古代語が浮かび上がった。
「やはり……難解だな……」
クロイツは、少し息を切らしていた。
「……もしかして、魔力使い果たしちゃった?」
「ああ」
「帰り、どうするのよ?」
「何ヶ月も先の話だ」
ソフィアは、眉根を寄せた。
「……何ヶ月?」
「装置を解析するのに、半年はかかるだろう。実際に起動させるとなると、一年か二年か……」
「……」
「解析中、私はほぼ無防備になるだろう。その間も、天使と悪魔の妨害がある」
「……ねえ。まさかわたしを連れてきた理由って……」
「私の護衛をして欲しい」
なんてことを頼んでくるのか。
半年か、あるいは何年か、この陰気な地下迷宮で、この男を守れと。
「……頭痛くなってきたわ」
「君にしか頼めないことなのだよ」
「ザイアムがいるわ」
多くのメンバーを抱える『コミュニティ』の中でも、最強の男。
組織を束ねる三人の内の一人。
ソフィアとクロイツ、そしてザイアムが『コミュニティ』を掌握していた。
「確かにザイアムは、君と並んで、『コミュニティ』でも最強の存在だ。だが私は、彼のことをあまり信用していない」
「あら、そう……」
「頼むよ、ソフィア」
「……はぁ……」
肺が空っぽになるほど、ソフィアは深い溜息をついた。
「もっと事前に言ってくれれば、心の準備もできたのにね……」
「時間がなくてね。そして、今しかないのだよ」
「今しか?」
「ストラームに、次の器となるハウザードの存在を知らせた。彼は、ハウザードを消そうと躍起になっていることだろう。エスには、ズィニアの脅威を教えた。彼は、ズィニアを警戒している」
ハウザードもズィニアも、ズターエ王国王都アスハレムにいる。
「ストラームとエス。二人は今、私たちを注視していない。事を進めるなら、今だ」
話している間も、クロイツはずっと指を動かしていた。
突起が叩かれるたび、画面の文字列が流れていく。
「機を逸したくないわけね。用意周到なことで」
皮肉の一つくらい、口にしていいだろう。
又とない機会、そして、ソフィアにしかできないこと。
だから、クロイツの頼みを断ることはできない。
ふと、クロイツが指を止めた。
「……実は、不安要素がある。彼にも、手を打っておきたかった。だが、なにも思いつかなかった」
「彼?」
「ドラウ・パーター」
ソフィアにとっては意外な人物を、クロイツは上げた。
世界最高との呼び声が高い魔法使い。
だが、ソフィアは知っている。
真に最高の魔法使いは、クロイツであるということを。
ドラウ・パーターは、確かに素晴らしい魔法使いではあるが、所詮それまでの男だった。
ストラームなどと比べると、いかにも小さい。
「警戒するほどでもないと思うけどね……」
「それは、彼を過小評価しすぎだな」
クロイツは、強い口調で断言した。
真剣な面持ちである。
「彼は、どこにでもいる平凡な天才に過ぎないはずだった。ストラームのように、生まれながらにして、世界最強となることが決まっていたわけでも、エスのように人間をやめたわけでもない」
クロイツが、また指を働かし始めた。
「それにも拘わらず、彼は工夫と努力を重ね、ストラームと並ぶ高みまで昇った。だから私は、ストラームやエスよりも、ドラウ・パーターを評価している」
「……」
(そうかしら……?)
ソフィアには、いまいち同意できないことだった。
ストラームと戦うことになっても、おそらく勝てない。
だが、ドラウ・パーターが相手だとしたら、これは勝てる。
殺害手段がいくらでも思い浮かぶ。
「だが、幸いなことに、彼にとっては不幸なことに、彼は病を患っている。それほど長い時間は残っていまい」
「ふぅん……」
初耳だった。
ソフィアは、ドラウ・パーターに興味を持っていない。
「ま、いいわ」
ソフィアは、武器を転送させた。
長大な死神の鎌。
無数の気配が、ソフィアたちを包囲していた。
「お喋りはここまでね。守ってあげるわよ。これは、貸しだからね」
「感謝する」
ソフィアが作り出した結界が、クロイツと制御装置を覆った。
襲いくる、異形の生物。
大鎌を振るい、魔法を放ち、ソフィアは打ち倒していった。
一掃するが、三十分ほどすると、新たな気配が湧く。
(……これを、ずっと続けるわけ……)
半年は長い。
どれほどの数を、相手することになるのか。
食事や排泄は、合間に済ませるしかないのか。
睡眠を取る暇があるか、疑わしい。
風呂はどうするか。
長距離転移で街の宿と地下迷宮を行き来するしかないのか。
とんでもない役目を与えられたものだ。
「まったく……」
ソフィアは大鎌を空振りさせてから、構え直した。
ゆっくり愚痴を言っている場合ではない。
死神として、ソフィアは天使と悪魔の命を刈っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
七百年ほど前に、一年もの間、一切の戦争がなかった年があった。
その後六年間も、国同士の摩擦はあったが、本格的な戦争はなかった。
『フォンロッド・テスターの七年間』と呼ばれる時期。
長い人類の歴史からすると、束の間かもしれない。
だが確かに、その七年間は平和といえた。
平和を、みなが謳歌していた。
平和をもたらしたのが、フォンロッド・テスター。
彼は、ズターエ王国の宰相だった。
戦争が繰り返される大陸の有様を憂い、平和を望み、三年かけて各国を回り、王に謁見を求めた。
そして、当時は新興国であったズターエ王国に、各国の代表者が集い、平和条約が結ばれることになる。
この功績により、彼は今では神格化されて扱われていた。
ということは、現在行われているこれは、神を崇めるような行為となるのか。
(くだらないな……)
それが、ハウザードの率直な感想だった。
七年に一度、ここズターエ王国王都アスハレムに、大陸八王国の要人が集まり、平和のための講和が行われる。
大いに結構なことだろう。
いくらでも、『フォンロッド・テスター条約』と呼ばれる平和条約を結べばいいのだ。
だが、儀式張ったことは不要としか思えない。
フォンロッド・テスターは、世界中を回った。
その旅の行路を、アスハレムの街の規模に縮小し、準える。
アスハレムに設けられた要所を、二週間かけて回るのだ。
フォンロッド・テスターの思想に、万人が賛同したわけではなかった。
時に命を狙われ、馬を失い徒歩で移動することもあった。
そのため、現在の儀式でも、要所に徒歩で向かわなくてはならない時がある。
この真夏の炎天下を、無駄に飾り立てられた儀式用の礼服に身を包み、何キロと歩かされる。
(実にくだらない……)
とはいえ、ハウザードにとっては大して苦でもなかった。
自身の周囲に微弱な冷気を発生させて、暑さは和らげている。
魔法使いとして並程度の制御力があれば、温度の微調整は容易なことだった。
重たい礼服も、重力を中和しているので、肩が凝ることはない。
歩くことも、以前ドラウ・パーターに師事していた頃に、彼の旅に同行していたことにより、慣れている。
辛いのではない。
ただ、無駄なことだと思う。
そして、最もくだらないと感じさせるのが、平和について話し合われる場で、戦争の取り決めがなされることだ。
例えば、停戦となったら、捕虜がいかなる身分の者であれ必ず解放すること。
例えば、開戦宣言から百日間は、魔法使いを戦場に投入しない、といった取り決め。
戦争の犠牲を減らすため、泥沼化を避けるための約束事だとは理解できる。
だがそれが、平和条約が結ばれる場で決められるということは、平和が仮初めであると口外しているようなものではないか。
「怠いよなぁ……」
隣のズィニアが、汗を垂れ流しながら唸った。
儀式に参加している間、ズィニアの口からは不平ばかり出る。
ハウザードは、ドニック王国の宮廷魔術師の一人だった。
儀式には、もちろんドニック王国からの使節団の一員として参加している。
ズィニアは、ハウザードの護衛として側にいた。
嘘となるが、いかなる手練手管を用いて他の使節団メンバーを言いくるめたのか。
金でも握らせたのかもしれない。
みなが儀式用の礼服にも拘わらず、ズィニアだけは平服だった。
そのため、一人だけ異様に浮いている。
それでも、ズィニアはいつも通り堂々としていた。
クロイツやソフィアといった得体の知れない猛者の前でも、彼は萎縮することがない。
ズィニアのことは、よく知っている。
性格が合うわけではないが、友人と言っていいだろう。
そして、認め合っていた。
それはおそらく、置かれた境遇が似ているから。
ズィニアは、『コミュニティ』にとって重要な戦闘者であろうとしている。
そのために、七百年以上の戦闘の知識と技術を脳に刷り込ませた。
加えて、薬物による身体強化。
過度の強化実験により、その寿命はもう十年と残っていないはずだ。
それでも、悲壮感などは一切見せない。
ハウザードも、近い将来に、その身をルインクロードの器として捧げることが決まっていた。
肉体は残っても、ハウザードとしての精神は失われる。
それは、ハウザード個人の死に等しい。
ズィニアとは、組織のために死ぬ者同士。
だからこそ、分かち合えるものがある。
「なあ、ハウザード……」
「オーバ」
何度目の訂正となるのか。
オーバ・レセンブラ。
それが、ドニック王国宮廷魔術師としてのハウザードの名前だった。
何度告げても、ズィニアは覚えてくれない。
周囲の眼もお構いなしに、ハウザードと呼ぶ。
「言うの忘れてたんだけどよ、お前の妹にあったぜ」
「ユファは、妹ではない。世話になった人の孫だ」
「そうかい。まあ、知ってるけどよ」
言うと、ズィニアは左耳の古傷を弄りだした。
「近くで見てはいないが、それでもわかった。いい女だな。正直そそられた」
「ユファは、まだ子供だ」
そう、まだ子供なのだ。
それなのに、なぜ保護者であるドラウの元から離れたのか。
ハウザードのことを捜してくれていることは知っている。
危険すぎる旅だった。
ドラウは、止めなかったのだろうか。
ドラウの元にいれば、彼が生きている間は、一応は安全なはずだったのに。
(ユファ……)
師だった男の孫娘。
兄と呼んでくれた、妹のような存在。
いつも笑顔で、ハウザードに接してくれた。
「ズィニア。ユファは……」
言葉に詰まる。
なにかを言いたい。
だが、うまく言葉をまとめられない。
「……なんだ?」
「……いや。なんでもない」
なにも考えずに話すと、女々しいことを言ってしまいそうだった。
だから、ハウザードは口をつぐんだ。
厳かに、行列は進む。
だが、周囲は野次馬で騒がしかった。
七年に一度行われてきた平和のための儀式。
前回と前々回は中止となった。
今回、順調に平和条約が結ばれれば、実に二十一年ぶりとなる。
「……おい」
ズィニアが、ハウザードだけに聞こえるくらいの小声で、注意を促してきた。
休憩中だった。近付いてくる者がいる。
中肉中背、尖った顎を髭で隠した、中年の男だった。
ハウザードと同じく儀式用の礼服を着ている。
胸にある紋章は、湖畔を背後にした森。
ズターエ王国の紋章だった。
「ドニック王国宮廷魔術師、オーバ・レセンブラ殿」
掠れた声で、ハウザードの偽名を口にする。
「あなたは、ズターエ王国の……」
名前までは知らない。
ただ、ズターエ王国からの儀式の参加者だとは記憶にあった。
「申し遅れました。ズターエ王国宮廷魔術師が一人、ラシィ・マコルと申します。こうしてあなたと話すのは、初めてとなりますな」
穏やかな表情で、手を差し出す。
ハウザードは、その手を握り返した。
「それで、マコル殿。私に、なにか御用でしょうか?」
「いえいえ。休憩の最中に、みなさんの様子を見て回っておりましてね。なにしろ、ここは我らが国。みなさんになにか失礼がないかと、気が気ではありません」
「なにも問題はないでしょう。ズターエ王国は、条約の盟主として、立派に務めを果たしているかと」
「そうでしょうか?」
ラシィが薄く笑った。
どこか、暗い眼をしている。
ハウザードにはそう見えた。
「七年前と十四年前、何故『フォンロッド・テスター条約』が結ばれなかったか、ご存知でしょう?」
「それは……」
ズターエ王国の前王ミド・アラエルの在位は、わずか一年。
その間、悪政の限りを尽くした。
民を殺害して金品を奪い、若く美しい娘は城へと連れ去られた。
反乱を犯した地は焦土と化し、残虐な処刑が行われた。
諌言した臣下は捕らえられ、毎日冗談のように人が死に、血が流れたという。
魔王、暴君と呼ばれた王。
現国王、当時は将軍であったサバラ・ブルエスは、国民を憂い反乱を起こし、それに各地が呼応した。
ミド・アラエルは捕らえられ、処刑されることになる。
そして、サバラ・ブルエスが王に即位することになった。
以来その治世が、二十年続いている。
ここズターエ王国では、英雄とされている王。
だがブルエス王は、しばらく他国に認められることはなかった。
民衆に望まれて王位に即いたが、禅譲ではない。
反乱を起こし簒奪したと捉えることもできる。
と言うよりも、他国が簒奪したと言い募り、ズターエ王国に介入しようとした。
「二十一年ぶりに結ばれる、『フォンロッド・テスター条約』には、これまで以上の重要な意味があるのですよ」
「そうでしょうな」
ハウザードは同意した。
他国の要人が揃い平和条約が結ばれる。
それは、ブルエスがズターエ王国の王だと、世界中に認められることに他ならない。
「ところで、話は変わりますが、レセンブラ殿は『コミュニティ』という組織をご存知ですかな?」
不意の質問だった。
ラシィ・マコルが、眼を光らせたような気がする。
「多少は、存じ上げておりますよ。マコル殿」
平静は装えた。
不審には思われないはず。
「とてつもなく巨大な組織のようです。その全貌は見えません。そして、どの国家にも、構成員を潜り込ませているようです。このズターエ王国にも、あなた方のドニック王国にも……」
「興味深いお話ですな」
探るようなラシィの物言い。
ハウザードの正体を掴んでいるのか、疑っているのか。
「王は、『コミュニティ』を大変警戒されておりましてな。巨大な裏の組織らしく、大きなことを企んでいるのではないかと」
「……ほう。例えば?」
ラシィの意図が読めない。
探り合うつもりで、ハウザードは先を促した。
「そこまではわかりかねますな。なにしろ、謎の多い組織ですから。ただ……」
「ただ?」
「平和条約を結んだ後、ズターエは、『コミュニティ』についての対策を講じるべきだと提案するつもりです」
「……」
「謎の組織が、世界各国の政府に力を浸透させている。由々しき事態だとは思いませんか?」
「そうかもしれませんな」
ズィニアが、眼を細めていた。
さすがに、殺気は放っていないが。
「さて、もし『コミュニティ』が我々の思惑を知ったら、かの組織はなにか動きを見せますかな?」
そう言い残し、ラシィ・マコルは去っていった。
「……どう思う、ズィニア?」
「普通に考えれば探りだが、それにしては向こうの情報を知らせ過ぎな気がするな」
ハウザードが抱いた感想と同じだった。
「……もしかしたら、かなり深い所まで、俺たちのことを掴んでいるかもしれないぜ?」
「なぜ、そう思う?」
「『コミュニティ』が動くかどうか、気にしていただろ? 地下から指令だ」
「クロイツ?」
現在は、ここアスハレムの北、ビビラの街の地下迷宮で、ソフィアと共にいるはずだ。
「平和条約が結ばれるのを、阻止するために動いているメンバーがいる。頼まれたら、協力してやってくれだと。ハウザード、お前の力を借りてもいいってな」
「オーバ・レセンブラだ」
訂正して、ハウザードは地を見つめた。
大きな目的のために、小さな混乱を起こす。
クロイツやソフィアが好むやり方だった。
今回は、アスハレムで起きる出来事が小さな混乱に当たるのか。
それを、ラシィ・マコルは感付いているのか。
あるいは、クロイツのことを知っているのか。
いや、クロイツがそんな失敗を犯すはずがない。
(まさか……)
思い付くことがあった。
「気になるなら、ラシィって奴、消しとくか?」
飛躍したことを言うズィニアに、ハウザードは苦笑した。
「やめておこう」
ラシィ・マコルの正体が、わかった気がした。
ただし、まるっきり見当違いの可能性も高い。
そして、もし予想が当たっていたら、それはハウザードが、クロイツに信用されていないということだった。