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未定
序
平成二十三年九月。
鮎沢和道は匕首で胸を突いて自死した。
遺体の発見者は、異臭を嗅いだアパートの隣人と大家であった。
ふたりは遺体を見るよりも先に、家財道具のない部屋の様相に驚いたという。あったものといえば、木製の座卓がひとつ。その上に日本酒を飲んだ跡があった。それだけだった。
腐敗した遺体は六畳の中ほどに伏していた。夥しかったであろう流血が、日に焼けた畳に赤黒く染め広がっていた。隣人は後に、
「じゅうたんの上に倒れているかと思った」
と友人に話した。
大家は、
「死体を見たとき、不思議と腐臭は消えた。警察が駆け付けてドタバタした最中も、不謹慎ながら悪臭を探したがほとんどなにも匂わなかった」
と日記に書いている。信心深い大家は、
「廊下で嗅いだ異臭は、仏への導きであり、彼は成仏した」
と結んでいるが、これは余談である。
当初、鮎沢は年間三万人の自殺者のリストに入れられた。しかし、翌十月、ある事件の被疑者に認められ、被疑者死亡で処理されることとなった。
この話は鮎沢と、鮎沢が首謀する「ある事件」を追った物語である。