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ブン屋

作者: 竹仲法順

     *

 デスクの上に頭を押し付けて眠ったのは午前零時過ぎだった。そして朝の六時に叩き起こされる。あたしは女性の新聞記者で、いつも取材と記事の執筆で忙しい。大抵泊まり込みだ。着替えの下着などは数日分持ってきていて、記者クラブの中にあるシャワールームでシャワーを浴びてから一日を終えていた。さすがに連日ずっと仕事が続く。この街は東京や大阪などの大都会とは違い、地方の一都市だ。発行している新聞もそんなに部数が出るわけじゃない。ただ、あたしたち記者は必死だ。事件があれば即現場に行き、裏を取ったり、事実関係について確認したりしている。いつも携帯型のノートパソコンを一台と、記録用としてICレコーダーを一つ持ち歩いていた。別に田舎の新聞記者など大して相手されるわけじゃない。だけど取材が終わりネタが取れれば、すぐに記事を書き始める。文章を書くプロとしてしっかりと頑張っていた。いくらブン屋などと言われ()み嫌われていたとしても。その日も昼過ぎに街の目抜き通りにある大手の銀行の支店に強盗が入り、金を奪って逃走した事件があった。警察もすでに出動し、事件発生から二十分後、逃亡していた犯人を逮捕した。あたしたち記者は裏を取るために刑事相手に取材した。警察官も事件の事実関係についてあまり教えないのだ。一通りサラッとは教えてくれるのだが、後は大抵、上役が記者会見などでいろいろと言うだけでこれと言ってネタらしいネタは出てこない。その日の銀行強盗事件も犯人が捕まり、行員に怪我などはなく、現金が三百万円程度盗まれただけで社会面の隅に載せられるぐらいの記事にしかならない。記者クラブに戻り、ずっと回し続けていた記録媒体を聞き続けた。警察官の供述からは特に何も浮上してこない。やはりあの事件は犯人が捕まったとはいえ、巧妙に仕掛けられた罠だったんだなと思い。ホントの目的は何だったのか分からない。現金三百万円が被害額だっただけで。

     *

「柏木さん、あまりあれこれ考えると疲れますよ」

「でも、新聞記者なんだから事実を正確に読者に伝えるのが使命じゃない」

「まあ、それはそうなんですけど、あの事件は結局警察の捜査も終わったんですし、被害額も現金三百万円で済んだんですから、いいんじゃないですか?」

「そんなこと言わないでよ。あたしだって使命感があるんだから。一記者として」 

 記者クラブには後輩記者の棚岡瑠璃子がいる。瑠璃子はいつも一歩引いて物を考える人間だ。直球勝負で行くあたしとはタイプがまるで違う。だけど同性同士で一緒にいて、記事を書き終わったら飲む。このフロアにも大型の冷蔵庫が一台設置してあり、中ではビールが冷やしてある。まだ二十代の瑠璃子は結構飲むのだ。三百五十ミリリットル入りのビールを四本ぐらい平気で飲み、それでも酔い足りないときはウイスキーの水割りを作る。彼女はハーフ割が好きなのだ。原酒にミネラルウオーターを注ぎ足して割る。それを飲みある程度酔うと、後は入浴して自分のデスクで眠るのだ。あたしは真夜中まで起きている。自然と夜型の生活になってしまっていた。朝の早い時間帯から仕事をしていても、どうしても夜起きている生活になり、余計疲れてしまう。でも夜間は起きている方がいい。午前六時に無理やり起こされるにしても平気だからだ。今日の銀行強盗事件も記事として明日の朝刊に載る。新聞記者は翌日の身支度までしてから眠るのだ。それに変わりはない。

     *

「朝だよ、皆。起きて」

 フロアの管理人が起こしにやってくる。あたしもデスク上でウトウトしていて、体の芯に疲れが残っていた。瑠璃子はすでに起き出していて洗面所で洗顔し、メイクまで済ませているようだ。そして、

「柏木さん、ホットのコーヒー淹れますよ」

 と言う。頷くと、コーヒーメーカーにコーヒーをセットした。そして置いてあった二つのカップに一杯ずつ淹れる。大抵ブラックで飲む。砂糖やミルクなどは一切入れない。別にそれでいいのだ。一杯もらって飲むと差していた眠気が取れる。立ち上がって軽くフロア内を歩き回りながら、ゆっくりと体調を整える。確かに心配事や悩み事は尽きない。それはあたしも瑠璃子も人間だからだ。だけど新聞記者をやっていると、どうしても人間の裏が見えてしまう。それがあった。一体何がそうさせるのかは分からなかったのだが、社会情勢を追っていると、自然とそうなるんだろうと思う。そして配られてきた別の社の新聞を見た。昨日の銀行強盗の犯人の割り出しに成功していて、逮捕されたのは川上毅、五十二歳、市在住の無職の男だと分かった。瑠璃子に、

西桂新聞(にしけいしんぶん)は容疑者の割り出しに成功したようね。川上毅って確か、前科があったんじゃ?」

 と訊く。彼女も同じことを感じていたようで、パソコンに保存してあった過去の社会面の記事を見ながら、

「確かにそうです。川上は前科が二件あって、いずれも強盗で微罪だったので書類送検で済んでます。また警察にご厄介になるものと思われます」

 と言った。多分この西桂新聞の記事を書いたのは吉村哲司だと思う。早速吉村のケータイに連絡してみた。記者仲間で知り合いだったので電話帳に登録していたのだ。連絡先を選び、発信ボタンを押す。

     *

「はい、吉村」

 ――ああ、おはよう、吉村君。

敬徳新聞(けいとくしんぶん)の柏木さん?」

 ――ええ。……今時間いい?

「うん。どうしたの、こんな朝から?」

 ――昨日のN市内での銀行強盗の件なんだけど。

 あたしがそう切り出し、話し始めた。朝一のコーヒーを口にしながら。話の中で吉村が昨日の強盗事件において犯人だった川上を特定できた理由が聞きたかったのだが、それは簡単だったのである。警察署に行き、刑事から直接聞き出したらしい。プライバシー侵害のギリギリの線の中なのでなかなか教えないのだが、警察はあえて川上が銀行強盗を行なった事実を教えたらしい。話を聞きながら納得していた。警察はいずれ事実関係についてマスコミ向けの記者会見を開く予定なのだが、その前に一記者に対し、ネタばらしをしたということだ。意想外だった。吉村がそこまで踏み込んでいくとはとても思えなかったので……。

「何かあったらメール送るよ。寒いから外回りするときはしっかり着込んでから行けよ。あと、食事もちゃんと取って」

 ――分かった。

 頷いた後、電話を切った。そしてポケットに入れ、いつも通りパソコンとICレコーダーを持ちフロアを出て歩き出す。疲れてはいたのだが、今日も仕事がある。新聞記者は安い給料で働かされるし、基本的に3K労働なので誰もが嫌がるのだが、一応マスコミの一員としてやっている。田舎の新聞記者は大した仕事を任されないで、社会面担当でも地味なものばかりになるのだ。だけどそれが与えられた仕事なのだった。何かがあればすぐに現場に急行し、取材を繰り返す。そして記事を書くのだ。西桂新聞の吉村のようにネタを探すのに苦労しないにしても、足で稼ぐ。まるで刑事のような言い方だが、似ている側面もある。取材は実に労苦を伴うものだ。だけどその分、真実が判明すれば、それに越したことはない。足早に記者クラブのあるビルを出て、外に停めていた車に乗り込む。そして上の人間の指示通りの場所へと向かう。疲れた体に鞭打ちながら……。もちろん昨夜飲んだお酒が残っていることは全くなくて。

                                  (了)


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