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解けない愛のパズルを抱いて 1

 ――だから、だったのか。


 零から由良が血を分けた実の妹だと告げられた直後、GINが抱いた率直な感想はそれだった。

 由良が実妹であれば、彼女の思念だけが視えなかった理由も納得がいった。酷似した遺伝子情報を持つ由良は、“もう半分の自分”とも言い換えられる。自分で自分の無意識を読めないように、半身とも言える由良の深層心理まで読めるはずがない。

 そして実際に由良から想いを告げられるまで、GINにとって彼女は妹のような位置づけだった。GNIは零から知らされた事実そのものよりも、そんなことばかりが浮かんで納得している自分に強い衝撃を受けた。

 GINの動揺をよそに、零がゆるりと傍らから離れていく。

「キース、レイン。GINと少し、プライベートな話をさせていただきたいのですが」

 零は彼らの座る席へ近づくと、ふたりに退席を願い出た。

「了解」

「わかった」

 それぞれが特に何を問うこともなく、キースは寝室へ、レインはキッチンのある方へと消えていった。GINはキースの締めた扉の音を背中で聞きながら、倒れ込むように椅子へ座り直した。

「零、お前は、いつから、何をどこまで、どうやって知った」

 少なくとも、二年前に再会したときはすでに知っていたと思われる。彼女が思念を読ませないよう細心の注意を払っていたのは、これを自分に知られたくなかったせいだろうと推測が出来る。

「由良の拉致事件後、組織の監視下に置かれていたころに」

「由良の足取りを調べていたと言ったところか」

「はい」

「その中で情報を拾った、ということ?」

「いいえ。彼女とは、失踪の数日前に呼び出されて会っています。以前話したとおりです」

 以前――二年前、GINが由有の保護ミッションで怪我を負い、病院に軟禁されていたころにそんな話をした記憶が戻って来た。

『私たちの関係を知った彼女が向けた視線を、今でも忘れることが出来ません。嫉妬と笑い捨てるには、あまりにも憎悪が滲み過ぎている表情と声でした』

『あなたの中で、由良が美化され過ぎてはいませんか』

 半分以上脅しに近い形で紀由を守る契約の更新を迫られたときの言葉。それと同時に彼女が告げた意味深な言葉も思い出した。

「これから先、何を知っても、何が起こっても、事実から逃げるな……って、このことか?」

 彼女は小さく頷いて、情報の入手先を告白した。

「あのときは話せませんでしたが、由良は高木さんのファイルを読んだだけではなく、実際には一部を持ち出していました。彼女はそれを私に手渡して来ました。“みんな苦しめばいい”と言って」

 それが、GINと由良の出生に関するファイルだったと言う。「零も、兄さんも、みんな」と零の声で発せられた由良の言葉が、GINの中では由良自身の声で再生された。

「由良は“捕らわれた”のではない、と今の私は考えます。当時の私は詳細を知らなかったものの、総監の娘がこうも簡単に拉致されるなど不自然過ぎるとは強く感じました」

 そこで当時の零は、自分を監視するサレンダーに疑いを抱かせないよう配慮しつつ、由良の足取りを洗い直していたらしい。

「由良の言っていたコンビニの防犯カメラに、彼女らしき人物は映っていませんでした。彼女は非通知の電話に出ないことを徹底していましたが、事件当日の夜、非通知の着信に応じています。その直後に出掛けていることも判りました。ほか、由良がサレンダーに加担した状況証拠は、挙げればきりがありません」

 そして初めて知らされたこと。

「本間は現在、総監と親子として疎遠の状態にあります。彼も私同様、疑問を抱いて由良の件を調べようとした際、それを総監に強く禁じられたことがきっかけだったようです」

 禁じる理由を語らない父親に業を煮やし、同居していた社宅を出たらしい。そしてサレンダーに乗り込んで来たあと、彼は零に語ったそうだ。

『組織が裏で糸を操っていたのだと、ようやく知った。逆手に取ろうともせず保身に走った父を不甲斐なく思う』

 そう言った紀由は、零に頭を下げた。そしてそれらすべてを志保に伝えてあることも零に知らせた。

「志保さんからは、こう言われたそうです」

『私たちの間違いを償ってからでないと、口先だけの謝罪になってしまうわね』

『私が神祐くんや零さんと再会出来るよう、きゅうちゃん、一緒に解決の道を往きましょうね』

『ずっと、私もおんなじ道を歩いて往くから』

 志保の言葉を彼女に代わって紡ぐ零の表情が、苦痛にゆがんだ。だが、初めてまみえる種類のゆがみだった。志保に対する嫉妬ではなく、混じり気のない義憤のゆがみ。志保の想いと彼女自身の想いが重なっているように見えた。

「由良の絶望を利用した組織は、自分も赦せない。潰して来なさい、と背中を押されたそうです」

 公私混同を許さない紀由が、自分の最も大切にしている存在を巻き込んでいた。そしてそれを受けた志保も、それによって自分にどんな危険が迫るかを解った上で、紀由との一蓮托生を誓ったという。

「高木さんからは、“後手を取り、結果的に本間を巻き込む形になった己の愚鈍を心から恥じる”と。あなたにこの任務は荷が勝ち過ぎる、本間にとっても由良は家族ですから、第三者で近しい位置にある私に事後を託して逝かれました。組織にターゲットされた本間由良と家族の立場にいるあなた方の監督保護、及び、あなた方のような犠牲を最小限に抑え、人の禁忌を犯す闇組織の壊滅を。その先鋒として《能力》者の同志を集めることが、高木さんから私に課された任務です。本間があなたに伝えようとしていたことも含め、以上が“いずれいつか話す”とあなたに伝えていたことの内訳、すべてです」

「だから、本間の足止めを総監に」

「はい。総監は、高木さんの喪失や、本間と奥さまに由良と風間の繋がりを隠し続けていたことも心から悔やんでいました。抗うことから逃げた償いをしたい、と協力を申し出てくださいました」

 そう告げる零の右手が、素早く懐へ差し込まれた。

「強欲は失敗のもと」

「!」

 咄嗟に彼女と距離を取る。ガタンと椅子の倒れる大きな音。

「本間もあなたも、すべてを完璧にしようとしては、いつも最後の詰めが甘い。欲張り過ぎるのです。それが私と総監の見解です」

 零の痛いまでの正論に続いたのは、レインの小さな悲鳴。彼女がリビングへ運んで来たコーヒーカップごと、トレイがカーペットの床へ落ちた。

「フザけるなッ! お前独りで何が出来るッ」

 がなる傍らで盾代わりに立てたテーブルが、GINの視界からレインと零の姿を隠す。

「ガキ扱いも大概にしろ、この能面女ッ」

 テーブルから落ちた灰皿を手に取り、テーブルの影から零の構える拳銃に狙いを定めた。同時に背後から扉の開く乱暴な音。途端、GINの右肩に激痛が走った。

「い……って、離せッ!」

 キースに関節を固められ、手にした灰皿があっけなく手から離れる。床に落ちた灰皿が、ゴツと鈍い音を立てた。GINの罵倒へかぶせるように零が命じる。

「キース。GINに麻酔を。早く」

 零がそう言う間にも、キースがGINの左腕もねじ上げた。はめられた――そう思うよりも一瞬早く、キースがGINの耳許で警告を発した。

「おとなしくしとけよ」

 唯一の守りだったテーブルがあっけなく床へ戻ってゆく。丸腰のまま自由を奪われたGINの怒りは、キースではなく零に向かった。自分が「現実から逃げるな」と言ったくせに、肝心のミッションから自分を外すという。矛盾した指令の理由がさっぱり理解出来ない。解らないというよりも、認めたくない、という方が正しい。まるで信用されていない、その事実で怒りに震えた。

「零っ、お前はバカか! 仲間割れしてる場合じゃないだろうッ」

 GINの足に狙いを定めて拳銃を構える零に、あらん限りの大声で訴えた。

「あなたや本間は、充分苦しみました。これ以上そんな思いをさせたくはありません。これでも、身内を殺す痛みは少しだけ知っています」

 今にも泣きそうな微笑を描いて零が呟く。それが目に映った途端、GINは言葉を失った。

「あんな仕打ちをして来た土方ですけど。それでも幼いころの私は、養父の愛情を得ようと必死だったんですよ」

 零の言葉が、これまでに何度も《送》で視て来た彼女の過去とクロスオーバーする。養父の中に燻る構成員への不信を《育》て、自滅へと追い込んだ彼女にとって、それは自分と養父の命を天秤に掛けたに等しい行為。そのとき零が味わった苦しみを、GINと本間にまで味わわせたくはない、と彼女は強く訴える。

「あなたや本間の手を汚させはしません。隠し続けた私の罪から生まれた由良の狂気なのだから」

 そう言い終えた瞬間、彼女が言葉に似合わない驚きの表情をかたどった。

「零?」

 GINの訝る想いは、ほどなく意外な形で解消された。

「……レイン……?」

 零がそう呟いて振り返った先、彼女の背後には、中身が空っぽになった注射器を握るレインが立っていた。

「零、ごめんね。でも、あなたは間違っている」

 レインの紡ぐそれを聞きながら、零が堪え切れずに膝を折った。

「な、ぜ」

「自分のことなのに、自分の気持ちを無視して決めつけられるなんて、たとえそれが善意であっても納得なんて出来ないよ」

「ってレインが言うから、あんたが余計な邪魔しないようにしてただけ。反撃すんなよ」

 背後からそんな説明をされるとともに、GINの肩関節を固めていた力がゆるんだ。膝をつきながらもGINの足に狙いを定める零目掛け、キースがGINの横をすり抜けてゆく。

「キー……スっ?!」

 零の切羽詰った声は、途中で途切れた。呆然と立ち尽くすGINの前で、彼女はキースにみぞおちを強く打たれ、彼へもたれるように身を崩した。ゴト、とベレッタの落ちる鈍い音が室内に響く。キースは無表情で零の額に掌を当てた。無表情だったキースの面に、苦痛の表情が宿った。

性質(たち)の悪い夢だな。ハニー、こいつには、何を《送》れば深く眠れるんだ?」

 それは遠回しに、GINには彼女に触れるなと命じる強さを伴っていた。

「……本間との、似非家族ごっこの、夢」

「あ? ちょっと、手ぇ貸せよ。それを視せろ」

「……」

 言葉ひとつ返すことも出来ず、ただ黙ってグローブを外す。素手をキースの手に握られても、彼を介して零の思念を視ることは出来なかった。

(やっぱり、コイツの方が《能力》への耐性が強い、ってことなんだな)

 ぼんやりと、逃げるように別のことを考える。まるで零の切迫感が伝染したかのような顔をしているキースに、零の見ている悪夢を問うことが出来なかった。

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