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ふたつの魂 2

 気持ちばかりの肌寒さと重みがGINの目覚めを呼んだ。うっすらと瞼を開いてみれば、白い天井がGINを見下ろしていた。そこから視線を重みのもとへと、移す。GINの横たわるベッドに掛けられた白い上掛けに、懐かしい漆黒の長髪が広がっていた。その姿を目にしたら、まずはすべてを問い質そうと思っていたはずなのに。相変わらずの黒ずくめ姿を見た途端にGINの中を満たしたのは、根拠のない安堵感だった。乱れた髪から覗く横顔を目だけで覗いてみれば、GINをベッドまで運ぶのに労したのか、汗で張りついた髪が彼女の寝顔を隠すように頬で固まっていた。上掛けの中から腕を抜き、その髪をそっと梳き除ける。頬が髪の剥がされる刺激を感じ取ったのか、彼女が疎ましげに顔をしかめた。閉じていた瞼を更に固く閉じ、そしてうっすらと目を開ける。ぼんやりとした黒曜石が、ゆるりと生気を取り戻していった。

「……風間」

 まだ半分寝ぼけているらしい頭が、彼女にプライベートでの呼び名を口にさせた。かすれたアルトの気だるさが、彼女の疲労を表している。そんな彼女にいきなり本題を突きつけるのがはばかられ、語り掛ける言葉とともに苦笑いが浮かんだ。

「来て早々に面倒を掛けちゃったな、悪い」

 零、と名を呼ぶのも久しかった。

「いえ」

 素手で触れようと手を伸ばせば、零の手が自分の思念を読ませまいと反射的にGINの手を弾く。その感覚も久し振りだ。

「いつ着いたんだ」

「昨夜です。空港を出てすぐに知らせを受け、焦りました」

 零はゆっくりと身を起こしながら、GINが問うまでもなく現時点までの状況を報告した。

 GINが意識を失った直後、《送》でレインの思念をキャッチしたキースが、ここへ舞い戻った。彼はGINの思念を読み、嘔吐の原因を心因性と判断したらしい。GINの体調急変の原因が《能力》に関するトラブルではなかったことに胸を撫で下ろしたと言っていたらしい。

「やっぱり、キースは触れなくても自分で視たい思念をソートしたり、接触なしでも思念を読むことが出来るんだな」

「それが《送》の完成形のようですね」

 キースのその兆候は、日本でレインと過ごす間に急成長したこともあわせて伝えられた。

「任務放棄で彼が戻ってあなたに対応してくれたそうです。レインが叱らなかったら、今ごろベッドで休むどころか着替えさせてもくれなかったでしょうね」

 ふたりに礼を言うよう諭され、予想外だったその報告に驚きを隠せなかった。

「へ? 零が運んだわけじゃなかったんだ」

「違いますよ。なぜそう思ったのですか」

「いや、かなり疲れてる感じだったし、化粧は崩れまくりだし」

 GINのその言葉のあとに、しばしの間。そして。

「あなたのそういう、どうでもいいところにばかり目端の利くところが嫌いです」

 零は恨めしげにそう言ったかと思うと、「くしゅ」と小さなくしゃみをした。ふと、自分の体調の変化に気づく。痛みをまったく感じない。気づかないほど自然に、自分の身体が思うように動いていた。それならば。

「とにかくお前も少し休めば? 話はそのあとで」

 GINは疲労が滲み出ている零にそう促す間にも、ベッドを譲ろうとして寝ていた体を起こした。

「い?!」

 目にした自分の格好に気づいた途端、心臓が嫌な音を立てて軋んだ気がした。めくり掛けた上掛けを咄嗟にぐるぐると身に巻きつけ、今度はGINの方が恨めしげに零を睨みつけた。

「さっきキースが着替えさせたつったじゃん。どゆこと、コレ?」

「心配しなくても、あなたが想像したようなことはしていませんよ。あなたのプライドを傷つけるほど見境のない人間ではないつもりですが」

 零は真っ赤になってがなるGINを一瞥すると、解いていた髪を束ねながらうっとうしげに言い捨てた。

「そもそも私にメリットがありません。ボロボロで意識もない状態のあなたでは勃たな」

「じゃなくて! 何したんだって聞いてんのッ」

「私は私の任務を果たしただけです。ノームのタイロンと共有した《癒》でGINの早期回復を、との指示だったので」

 と言われて上掛けを頭から被る。ゴソゴソと上掛けの中で自分の身体を確認した。

「ホントだ。傷が消えてる」

「外傷よりも内臓へのダメージが大きかったと思われます。スラムで食い繋いでいたそうですね」

 日本を発つ前に零の報告は聞いていたものの、いろんな意味で《癒》について詳細を聞く余裕がないに等しかった。改めて説明されたのは、《癒》の発動がコントロール可能であること、《育》や《生》と同じく粘膜接触による発動であること、零自身に対しては作用しないこと。そして今回GINへの《癒》によって、内臓などの触れられない部位の損傷や衰弱に対しては数時間のタイムラグがあるようだ、とつけ加えられた。

「唾液成分の吸収から消化、各組織へのリンパを介した伝達に要する時間、ということだと思われます。いくら怪我をしても大丈夫、という意味ではありませんので、今後は自重してください」

 零はそこで一度話を区切ると、「レインに知らせて来ます」と言って寝室を出ていった。




 午後にはキースが呼び戻され、四人揃ったところで零から紀由の伝達事項が告げられた。

「まずは日本の状況からですが、GINはキースからどこまで聞いていますか」

 そう切り出した零が日本から携えて来た情報は、当然ながら朗報ではないだろう。自然、GINの眉間に深い皺が寄せられた。

「本庁の移転が完了していることと、地下層に何者かが侵入している可能性がある、ってこと。世界各国の裏組織が次々潰されている。その発信源が旧本庁地下――ってところまでは聞いた」

 GINは煙草に手を伸ばしながらそう答え、一本を口にした。

「では、その後の状況から」

 と言いながら、零がGINの咥えた煙草を取り上げた。

「地下層への入室が不可能になりました。通信システム及びエレベーターなど、こちらが地下層へ接触するコネクトシステムすべてに改ざんが加えられた模様です。生体認証も受け付けません」

 その報告が、GINの「煙草を返せ」という文句を喉の奥へ押し込んだ。

「ターゲットは現在も地下層で活動中、根拠は光熱関連のメーターのみ。占拠されたと考えてほぼ間違いないでしょう。そこで」

 零は一度言葉を区切り、半ば目を伏せた格好でGINを一瞥した。その目は言外に「途中で口を挟むな」と命じている。

「キースとレインには重複する報告ではありますが、事態の悪化を阻止するため、旧本庁地下層の破壊ミッションが本間から下されました」

 零の伝える任務の分担とその内容に、GINは黙って耳を傾けた。

「地下層へのルート確保をキース・ストームとYOUが、地下層破壊をRIOとサラマンダのリザ・フレイムに、地盤沈下を防ぐため、ノームのマッド・タイロンの協力も不可欠――という当初のミッションでしたが」

 零は一度言葉を区切ると、キースに視線を投げて目を細めた。

「キース、リザ・フレイムの消息をまだ掴めていませんね」

 睨まれたキースは、不服げ且つ非常に不快げに口角を思い切り下げ、挑むように零を睨み返した。

「サラマンダの登録していたエスコート・サービスとその近辺にいる関係者、通り掛かりの通行人まで虱潰しに声を掛けて、頭ン中も視てみたけど」

 零と向き合う形でテーブルについたキースが渋い顔をした。

「夜逃げに近い形だったらしいってところまでしか情報は得られなかった。サボってねえよ。これ以上どう探せってんだ」

 口惜しげに吐き捨てたキースへ、容赦なく追及の問いが投げられる。

「行き先や関わった人物、単独か誰かと組んでいるのか、などの情報も得られませんでしたか」

「ねえよ。行き先を言って夜逃げするヤツなんかいないだろ、普つ……あ?」

「何か?」

 剣のあったキースの口調から表情が抜け落ちた。零はそれを逃さず、更に言及した。

「いや、大したことじゃないけどさ。エスコートにいた女が、確か“パラダイスへ移住する”って得意げに言われたからむかっ腹立ったとかなんとか」

「パラダイス、移住……それはリザにとっての、ということですよね」

 零はしばし思案に耽っていたが、やがてひと言「わかりました」とだけ口にして、次の議題へ話を進めた。

「次にマッド・タイロンへの協力要請ですが。あなたは彼にほとんど用件を話せていなかったようですね」

 という糾弾の声に、呆れた溜息が混じっていた。

「何言ってっかわかんねえんだもん、あいつ」

「聞こうとしないからです。日中密談の際に彼がレインの同行を許したことをまだ赦せない、といったところでしょうか」

「あったり前だろ。あの《サイ》なら、簡単にサラマンダをとめられるだろうに。偽善者面して、結局あいつもレインを巻き込んだ。同罪じゃん。信用しねえ」

「彼に悪意はありません。スタンドアローンを気取るのも大概になさい。レインを巻き込みたくないのなら、なおさらです。私情を捨てなさい」

 GINはそんなふたりのやり取りをBGMにメモを取り続けていたものの、ただ聞いているだけというわけではなかった。

 零の様子が、おかしい。彼女の言動から滲み出る切迫感が、GINに違和感を覚えさせる。

(零にしちゃ、苛ついてるのがあからさま過ぎるな)

 彼女の態度そのものが、報告内容以上の大事になっていると感じさせた。

「――ということで、私が直接タイロンと交渉しました」

 無駄な言い合いに近い口論の末、落ちをつけるかのような唐突さでそう知らされた。

「あ? あんた、ヤツの連絡先を知ってたのか?」

「看板を上げて営業していることさえ判れば、あとはこちらでも調査可能でしたから」

「だったら最初からあんたがやればよかったんじゃねえの?」

「より迅速な対応と判断したからあなたに任せたのです。本間の期待を裏切ったんですよ、あなたは。自分の短絡的な逃避理由を反省してください」

「こ……のッ」

 ガタンと椅子がひっくり返り、キースがとうとう零に掴みかかる勢いで立ち上がった。

「キース、今は内輪揉めをしてる暇がないんだ」

 益々怪しくなった雲行きに耐えかね、GINは口を挟んだ。様子がいつもと違うのは、キースも同じだ。零個人への憤りを強く感じる。ふたりの隠している部分については、あとで個別に問い質せばいい。今は開示を赦されている情報をすべて入手するのが先決だった。

「キース、喧嘩は、ダメ」

 助け舟を出すように、レインがキースの袖を引く。

「……」

 キースは零を一瞥し、そしてGINにも複雑な色合いの浮かんだ視線を流すと、おとなしく席へ座り直した。

「そんで、タイロンとはどういう風に話がついたんだ」

 とGINが零を促すと、彼女は一度はこちらへ向けた視線を外し、再び資料へ視線を戻した。

「タイロンからは、“守護精霊の声のみに従う。今は動くなと告げている”との回答でした」

 そう告げる声には、困惑が混じっている。

「ってことはつまり、関わらないが邪魔もしない、ってことでOK?」

 確認の意味でそう問えば、零が小さく首を横に振った。

「私も同じことを訊ねましたが、是とも非とも答えかねる、と。本間からは、タイロンやリザを除外したパターンで再構築されたミッションを預かって来ています」

 零は紙面から顔を上げ、頭の中にのみある本間からのミッションを代弁した。

「旧本庁地下駐車場からのルート確保を断念し、海から首都地下水路経由で本庁の地下層を繋ぎます。一時的でな対応ではありますが、最終的にYOUの呼び寄せた水で地下を満たして地盤を維持させます」

 首都地下水路。初めて耳にする言葉が、聞く側に口を挟ませた。

「そんなもんがあるのか」

「それって余剰雨水の逃げ道になんとかっていう、アレのこと?」

 キースとGINが異口同音に述べたのは、そのルートを知らないことへの不安と、YOUへの具体的なサポートの内訳だ。

「キースは知らなくても当然ですね。そして、GINの言うそれとは違います。これも一般には極秘とされている事項ですが」

 その地下水路は、第二次世界大戦中に数多く作られた防空壕を再利用したものらしい。

「って、それは霞ヶ関駅になってるって何かの本で読んだことがあるけど」

「はい。今回利用する地下水路、厳密に言えば、その防空壕跡を使っての水路敷設時に、その更に下へ新規にもう一ルート敷設していた、ということです」

 GHQに調べ尽くされている防空壕そのものを使っては意味がない。少しずつ自治権を取り戻した日本政府は、防空壕跡の一部から更に下方へと掘削し、道筋を変え、増やし、旧防衛庁の機密費から費用を捻出して、最終的に霞ヶ関・永田町・皇居を網羅する巨大迷路を敷き詰めたとのことだった。

「水路のマップはYOUがインプット済みです。日本へ到着後、早急にYOUと連絡を取り、彼女の指示に従って水路と最地下層をミッション決行日までに繋げてください」

 零の言葉を拾いながら、GINは自分の書いたメモを読み直す。

“タイロン、リザ、参画ナシ。”

“キース、事前任務・ルート確保。”

“YOU、事前任務。同上。”

(ミッション当日の任務は、この先、ってことか)

 事前の下準備について、零や紀由の動きを話す気がないのが見て取れた。

 GINがこつこつとボールペンで机を弾く傍らで、零が次の指令へと話を進めた。

「地下層については、当初の予定どおりRIOの《熱》のみで対応させます。YOUも当初任務と同じく、ルート確保、及び目撃者の《淨》を。キースは水を介して目撃者の思念と位置情報をYOUへ伝えるとともに、鷹野由有の保護をお願いします。彼女の思念を最優先にサーチして確保してください。YOUの海水誘導後、ルートを《流》でふさぐことも忘れずに」

 当日の分担を、零の言葉に従って書き加える。

“キース、目撃者の《送》・YOUへ位置情報伝達。由有の保護。地下水路ルート閉鎖。”

“YOU、ルート確保。目撃者の《淨》。地下へ海水の誘導。”

“RIO、《熱》で地下層破壊。”

「なあ」

 と、零に問い掛ける声が必然的に低く唸る音になる。タイロンやリザの協力が得られないともなれば、配置転換の可能性もあると期待した。それであれば、無駄に零を問い詰める必要もないと考えていたが。

「どうして俺が入ってないんだ?」

 レインの言っていた“GINを省く”のが事実だと突きつけられ、不快感で満たされた。

「キースに負担が掛かり過ぎてんじゃね? 確かに俺の方がアビリティ不足だけどさ。由有を探し出すことくらい、俺でも出来るよ」

 そう打診しながら隣を見据える。その横顔は相変わらずの能面で、こちらを見ようとさえしない。

「……あくまでも後方支援、それが《風》のメインミッションです。そしてミッションの本題は、地下の壊滅であり、由有の保護は最優先任務ではありません」

 そして告げられた次の分担が、GINの反論や憤る思いすら封じ込めた。

「尚、以下は本間紀由ではなく、本間総監からの指令です。私が当日の現場指揮を執ります。総監が本間の足止めをするとのこと。本間も本ミッションに当日は関わらせません。以上について、本間には秘密厳守でお願いします」

「零、ちょっと待て」

 零を制するGINの声が、尖る。ここでなぜ本間総監の名が出るのかがGINには皆目解らない。無理やり自分の方へ向かせようと彼女の二の腕を掴んだ手に力がこもった。

「なお、ターゲットの捕獲及びイレイズは私が行います」

 そんなGINを無視して、彼女はミッションの分担を続けていく。腕の痛みからか、彼女がGINに隠している何かがそうさせるのか、彼女の能面が苦悶にゆがんだ。

「零、総監からの指令なんて、嘘だ。今まで組織に手をこまねいていたような一般に近い人間を、どうして今更巻き込む必要がある」

「レインはGINの監視を」

「おいッ。お前、人の質問に答えろよ!」

 手が勝手に零の襟首を掴む。零の二の腕を掴んでいた手もそこを離れ、その手も彼女のジャケットを引きちぎる勢いで掴んだ。それごと彼女を立ち上がらせれば、間近で見据えて来る黒曜石が無表情を取り戻した。

「GIN、あなたにも、本ミッションへの参画を禁じます」

「物理攻撃能力ゼロのお前に何が出来るんだよ。何を隠してる。話せ」

 命じながら毒づく声が震える。よぎる疑念は、GINが思い描いた実験内容の予測。

「由良が、生きてるってことなんだな。由有がそれに巻き込まれてる、ってことなんだよな」

 零が大きく目を見開いた。ぽっかりと口を開き、そして再び唇を固く結び直した。

「……」

 黙秘を続ける彼女に向かい、口にするのさえおぞましかった憶測を告げる。

「脳の、すげ替え実験……その被験者、なんだろ? ふたりとも」

 紀由が言っていたという“ふたり”の内訳を、そんな問い方で確かめる。零が震えるGINの手に視線を移し、小さな声で口にした。

「由有が拉致されてから、まだ三ヶ月です。行使はされていないでしょう」

 本庁の地下にあった実験施設は、ほかならないGINが壊したのだから。至難の技術を要する実験手術を、そう簡単にするはずがないと零は言う。その言葉に安西の言っていた難易度の話が加味され、最悪の予測を否定されたことで、GINは一時的な安堵を手に入れた。

「じゃ、なんで俺が外されるんだ」

「本間があなたと約束していたそうですね。いつか《風》のすべてを話す、と――代わって私がその約束を果たしましょう」

 零が能面を剥がし、見ているこちらの方が苦しくて胸の詰まりそうな笑みを宿した。口許は笑っているのに、目だけが表情を失っている。それを見たレインが、眉をひそめて俯いた。

「これは、高木さんからの、最期の約束(ことば)なんです。あなたと本間を、頼む――と」

 キースが忌々しげな表情を浮かべて横を向く。

「風間……あなたは、自分の育った施設を調べたことがないでしょう」

 GINの描いた予測から外れた、そして今まで一度も思い及んだことのない報告が返って来た。


 ――由良は、あなたと一緒にあの施設に捨てられていた子です。


「捨て……え?」

 間抜けな声とともに、零を立ち上がらせていたGINの両手から力が抜けた。

「藤澤会殲滅に当たり利用出来る戦力を探していた高木さんが、海藤辰巳の協力によって見つけた存在。兄の神祐がごく普通の赤ん坊だったのに対し、妹の由良には、すでに微弱な《送》の兆候が見られたそうです」

 乱れたジャケットの襟を整えながら、零は淡々と真実を告げた。

「施設は由良の奇異さを恐れて彼女だけを別の施設へ預けました。高木さんが由良の存在を知ったのは、藤澤会に奥様を殺害されたころ」

「小学生になったかならないか、ってころか」

「はい。高木さんは由良を組織から隠蔽するため、本間総監に相談し、彼ら夫妻に由良を委ねました」

「嘘だ。由良はそんなこと一度も顔にも出さなかった。それは紀由だっておんなじだ」

「施設での対応は、あなたもよく知っているはずです」

「まさか、由良も」

「虐待を受けて病院へ収容されていました。彼女の記憶は催眠療法で改ざんされていました」

 紀由がそんな由良の生い立ちを知っていて、由良に自分たちがなさぬ仲であると告げるはずがない。

「本間は由良が風間の妹だということまでは知りませんでした。私の判断で、李ミッションの前に伝えたばかりです。総監は由良の出自を自分の中にだけ留めていたと思われます」

 納得したくない自分と、納得してしまっている自分がGINの中でせめぎ合った。かくりとうな垂れるGINに止めを刺すかのように、零がもう一度繰り返した。

「由良は、あなたとひとつの毛布に包まれて置き去りにされていた……双子の、妹です」

 それを知ったニューク・ファイブが非公開に続けて来た研究成果のすべてを注ぎ、《風》を利用するために由良の生きた脳を温存して来た。適合する身体を見つけるまで、人として許されない姿のまま今も生きている。

「総監には、私の改ざんしたミッションの精査をしていただきました。彼は私の意向に同意し、自らもこのミッションに志願しました。決して巻き込んだのではありません」

 零が挑むようにGINをまっすぐ射抜く。

「“あなたに、二度も由良を殺させるわけにはいかない”――それが総監と私の共通の見解です」

 二度、殺す。零の口にしたその表現は、GINの罪悪感を刺激しようと意図しただけでなく、零自身も七年前の事件について罪の意識を抱き続けていることを表していた。少なくても、GINの耳にはそんな口ぶりに聞こえた。

「由良はあなたのたった一人の妹、彼女とともに育った本間にとっても同様です。あなたたちは、ミスを犯す危険を孕んでいます。参画は、許しません」

 黒曜石の瞳に映る、表情の抜け落ちたGINの顔。

「妹……紀由……と」

 ――自分の。

 潤み始めた黒曜石が、眼に映すGINの顔をぐにゃりとゆがませた。

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