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In New York 1

 ――夢を見る。

 《能力》などというものが、幼い自分の見ていた空想世界の産物で、《送》や《流》や、サレンダーもニューク・ファイブも、ミッションなんていうのも、全部夢物語。

 目覚めた自分は大人になっていて、素手で何かに触れても思念などをキャッチせず、自分の思念も誰かに伝わることなんかなくて。


『なんだ、夢か』


 そう言って、自分の子供じみた夢に苦笑する。


『なあに? 起きたかと思ったら、いきなり。楽しい夢でも見ていたの?』


 問い掛けて来た声に気づくと、そちらへ視線を移す。気恥ずかしさで口の端をゆがめたまま、彼女に答えるのだ。


『ガキのころに変なマンガやアニメとか見過ぎたのかな。考えていることや思ってることとかが、肌に触れると全部俺が触った相手に伝わっちゃう夢を見たんだ』


『何、それ。いいおじさんのくせに』


 彼女がそう言って、無遠慮なほど思い切り噴き出した。


『いまどき、子供でもそんな夢なんか見ないよ』


 そう言った彼女が、自分の頬にそっと触れた。彼女の手が伝えて来るのは温かさだけで、不可解だったり奇妙だったりする、異質なものは何も伝えて来ない。


『だよなー。でも、夢でよかった』


 心の底からそう思い、ほっと小さく息をつく。確かめるように彼女の手に自分のそれを重ねる。明るい笑い声が、緊張を解きほぐす。途端に視界が潤み始めた。


『やだ、GINってば、泣いてるの?』


 そう言った彼女の温かなもう一方の手が、反対の頬にも触れた。包むように顔を挟む両手が促すまま見上げてみれば、いちごみるくの甘さを思い出させる幼い微笑が自分を見つめ返していた。頬に伝った涙が、優しく拭われる。


『そんなに怖かったの? リアルな夢だった?』


『うん。――がいなくなる夢、だったから』


 またくすりと困ったように笑う彼女は、いったい誰だったのか。なぜか巧く思い出せなかった。


『大丈夫だよ。GINがどんなGINだとしても、離れていても、時間がどれだけ過ぎたとしても、あたしはずっと、GINのそばにいる』


 心はちゃあんと、いつでもGINのそばに在るから。そう言った彼女が、そっと自分の頭を抱き寄せた。


『GIN、大好き。いつか必ず、GINを迎えに行くからね』


 誇らしげに、それでいてなだめるように、耳許へ甘ったるく囁く声。例えるなら、よく熟れた果実の瑞々しい果汁を味わうような、あとを引く甘さ。そんな感覚でくすぐったくなる。そのくせ、彼女の上目線に腹立たしいほどの歯がゆさも覚える。


『普通は逆だろう。それってなんか、俺が情けなさ過ぎる』


 そっか、と言って心から可笑しそうに笑う声が、頭の少し上から降って来る。明るく曇りのない笑い声。その声が聴きたくて、何度も、何度も、解っていて憎まれ口を叩いていた。


『GINのことは、GIN自身よりも、あたしの方が知ってるんだから。今更カッコつけなくてもいいじゃない』


 情けないトコ込みで、GINが好きなんだよ。


 そう言ってもらったことはない、と気づく。だけど確かに、彼女は存在していた。自分の傍らで、いつも一緒に笑っていたのは――。




 ぶるりと震えた肩が、GINを強引に叩き起こした。薄く瞼を開けて見れば、少しだけ慣れて来た異国の臭いが鼻を突く。決してGINの好む臭いではなかった。薄汚れた街の臭い。

 寒さの原因が、判った。誰かが当番をサボったらしい。宿無しの連中が交代で見張りをしていた一斗缶で赤々と燃えていた火が消えていた。それを囲む何人かも、寒さでゆるゆると身を起こす。

「(おい、ミック。てめえ、当番をサボってんじゃねえよ)」

 一人がそう声を荒げると、別の一人が

「(凍え死んだらてめえのせいだぞ。死にてえならてめえ独りで死ね)」

 と横たわったまま微動だもしないストリート・チルドレンの肩を乱暴に揺すった。ミックと呼ばれたその少年は、なんの抵抗もせずゴロンと仰向けになった。

「(チッ、死んでる)」

 だが、誰一人うろたえる者はいない。また別の誰かが小さな舌打ちをした程度だ。

「(おい)」

 この区画のボスだった黒人の大男がGINにそう呼び掛けた。ほかの面子は一斉にびくりと肩を上げ、怯えた目でGINを盗み見た。

「(ミックは火種を調達出来ないとよ。お前が指示を出せよ)」

 彼が言い終わる間にも、ほかの面子は少年が身に着けていたものを剥ぎ取るのに忙しい。凍死した少年のそれらは、金目になりそうなものはGINの前に置かれ、そのほかのものは急場しのぎの薪として一斗缶に放り込まれた。

「(力でねじ伏せたんだったら、俺らのケツを拭うのもてめえの仕事だろうが。さっさと分けろ)」

「……」

 GIN自身はそんな看板を背負った覚えはない。そして今は、彼らに対峙する体力も気力も消え失せていた。

「(よう、ジャップ)」

 様子を伺うように尋ねた元ボスが、GINの瞳を見るなり悪意を孕んだ目をぎらつかせた。GINはそんな彼を、よどんだ瞳で見つめ返した。

「(よっぽど根に持ってるんだな。なんならもう一度、味わわせてやろうか)」

 そんな返答と一緒に、睨み返す。半ば無理やりひねり出した《流》のスタンバイが、GINの瞳を淡い緑色に染め替える。GINよりも頭ひとつ分以上背が高く、体格もよい黒人の男は、その風貌に似合わないほどの焦りを瞳に滲ませた。周囲のストリートギャングたちが、いち早くふたりから距離を取る。

「(別にここのボスになったつもりはない。その肩書はお前に返してやる)」

 そろそろここで暖を取るのも潮時かも知れない。睡眠不足が体に堪える。効率は悪いが河岸を変えて、今少し安全な場所をねぐらにした方がよさそうだ。金は底を尽きてしまったが。

 GINはそう判断すると腑抜けた微笑を浮かべ、ゆらりと立ち上がった。途端に襲う頭痛で、一度だけよろけて壁に頭を打ちつける。

「いて」

 ざわり。背後からGINの背を狙う彼らの気配を感じる。GINはこめかみに走る痛みを堪えつつ、ゆっくりと彼らに振り向いた。

「(次に来るときは、土産でも持って来てやるよ。そのときにまだお前らが生きていたらな)」

 GINは彼らにそう言い残し、行く当てもなくその場を立ち去った。

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