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赤犬の仔を飼い馴らす 1

 数日前、紀由から「近々誕生祝を届けてやる」と言われ、GINはそれを楽しみに待っていた。今思い返せば、まるで子供のような浮かれっぷりだった。それはもう、自分でも呆れるほどに、懐かしい感覚を味わっていた。

 小中学生のころは、GINがやってみたいと思っていたゲームソフトを買っておいてくれた。ハードがないので紀由の家に入り浸っては一緒に遊んでいた。「ガキ」と苦笑しながら、モデルガンを買ってくれたこともある。高校に入ってからは、由良の見たがっていた映画のチケットを用意してくれたこともあった。さすがに大学生にもなったころには、嬉しいというよりも気後れの方が大きくなっていたGINだが、それを察した紀由は、「買い物につき合え」という名目のもと、よく服を買ってくれた。

 物をくれるのが嬉しいのではない。いや、それももちろんありがたかったが。それ以上に嬉しかったのは、「おめでとうさん」という言葉を聞けることだった。由良とつき合うようになってから三人で寿ぐ席はなくなったが、そのメッセージを必ずなんらかの形で届けてくれるのが紀由という兄貴分だった。

“おめでとうさん”

 今年、久しぶりにそれを聞くことが出来る。それがここ数日のGINを上機嫌にさせていた。

 過去完了形で自己分析をしてしまい、GINは現実に引き戻された。

(……何が誕生祝だ……クソ紀由ッ)

 口に出せない文句の代わりに、煙草のフィルターをぎりりと噛む。余裕を見せるつもりで浮かべた微笑は、どう考えても苦笑か皮肉な冷笑にしか見えない不自然さが混じっていた。GINはいつもの癖で、どこか俯瞰で自分を客観視しながら、事務所の応接セットの向かいに座る二名からさりげなく視線を逸らした。

 目の前には赤毛の狂犬が一匹と、黒尽くめの能面女がひとり。

「吸い過ぎですよ、このところ」

 そう言うが早いか、能面の方が火をともしたばかりの煙草をGINから取り上げた。

「そのまま肺癌で死ね、死に損ない」

 今にもGINに噛みつかんばかりの形相をした仔犬の方が、そう言い捨てながら能面女の手からGINの煙草をもぎ取った。

「遼。あなたは未成年でしょう」

 能面女――零がメッセンジャーとなって紀由からの誕生祝を届けに来た。その内訳とは。

「ふたりとも、くれぐれも派手ないさかいを起こさないようにお願いします。期間の目安は約一ヶ月。遼の《熱》コントロールを完全にマスターさせてください」

 熨斗をつけて返してやりたい内容に加え、期間限定というオマケつきに、GINは軽い眩暈を覚えた。

「遼、お前、よくこの指令に納得したな」

 内心にGINと同じ不満を持っていそうな横顔は、露骨に不快感を表してGINから目を背けている。RIOに代わって零が簡単に紀由とのやり取りを説明した。

「本間は、今回よい結果を出せれば、今後のミッションで遼に本格的な任務を与える意向があるそうです。これまでは未成年ということもあってサブに終始していましたから、やっと一人前と認められる、といったところでしょうか」

 GINにも覚えのあるその動機が、強張っていた作り笑いを自然なそれに難なく変えた。

「なるほどね。本間は過保護だからな」

「あ、それは同感。本間サンのガキ扱いはハンパねえよな。ウゼえウゼえ」

 あくまでも零に向かってそう言う遼の素直になれない心境は、どこか懐かしいくすぐったさを覚える。GINの中にも今の彼と近い年代のころ、紀由の親身な気持ちがくすぐったいくせに、素直に感謝出来ない天邪鬼な自分がいた。

「なお、本件は任務ではありませんので、報酬はゼロとなります」

「マジ? 零、指令だっつったじゃんよ」

「任務じゃない、って、じゃ、何よコレ」

 RIOとGINが、ふたり同時に情けない声で異論を唱えた。ただでさえ無理のある期間限定付の指令なのに、報酬ゼロでは探偵稼業で食い扶持を稼がない限り収入源がほかにない。ついでに言えば、GINの現在の貯蓄はゼロ。つまり、生活をしていけない。

「コントロールをマスター出来たら、遼には新しいバイクを買ってあげますよ。GINは表の仕事を遼にアシストさせることで、本件と依頼物件の両立が可能と思われます。民事の依頼を一件持って来ました。私からの誕生祝ということで。あとはよろしくお願いします」

「それ、誕生祝って言わないし」

「今から資料を下読みしてシミュレートをすれば、依頼主との打ち合わせで正式に契約するころには、その前金が誕生祝になるかと思いますが」

「……それやっぱお前からの誕生祝ってことにはならないじゃん」

「私に祝って欲しいのですか」

「……別に」

「三十路をとうに過ぎているんですよ。誕生日だからと浮かれるのも、いい年なんですからほどほどにしてください」

 GINの脳天から床に向かって、トス、と言葉の槍が突き刺さった。長年のつき合いというのは、例えブランクがあったとしても難なく見抜かれてしまうものらしい。

「それと、私への連絡は本間への伝言以外禁止と言われているので、私もそれに即した対応をさせていただきますから、そのつもりで。“愚痴や泣き言を並べている暇があったら、お互いの《能力》コントロールの鍛錬に専念しろ”とのことです。確かに伝えましたよ」

 有無を言わせない完璧な根回しに、GINは成す術もなくがっくりと首をうな垂れた。

 その後、零は冷蔵庫の中をチェックし、GIN愛飲のヘネシーを一本残らずシンクへ捨てていった。GINはRIOとふたりして浴びせられるだけの批難を彼女に浴びせたのだが、彼女が懐に右手を忍ばせ、ひと言

「死にたいんですか?」

 と言った途端、ふたり揃って石化した。同時に学校を退けた由有まで乱入して来て大騒ぎになってしまい、GINは結局このミッションを断れないまま零に逃げられた。


「コントロールの指導っつってもなあ。属性は違うし、感覚的なものだし。どう教えりゃあいいんだか」

 零が事務所を立ち去ったあとで、デスクに腰を落ち着けて依頼物件の資料を斜め読みしつつ、誰が聞くこともない愚痴を零した。GINが溜息で愚痴を締めくくると同時に、コンビニへの買い物を頼んだRIOが絶妙なタイミングで帰って来た。

「おい、おっさん。ミルクレープが売り切れてたからエクレアで我慢しとけ」

 RIOがそう言い終えない内に、コンビニ袋ごとエクレアが飛んで来た。

「お。さんきゅー。よく買えたな」

 ついでにしっかり煙草もワンカートン買って来てあることに気づき、思わず相好を崩してRIOの機転を褒め称える。

「娑婆ずれしたツラしてっから、店員がヨユーで勝手に成人認定」

 そう返す彼は既に、買って来たビールをキッチンの冷蔵庫に仕込んでいた。この件に関してだけは、彼も零に密告する気は起きないだろう。ビールを一本失敬していることには、今回に限り見逃した。

「遼、あれから《熱》のコントロールはどの程度出来るようになってるんだ?」

 由有の保護ミッションから一年近く経過している。あのときから一度もRIOの《焔》を見たことがない。GINは煙草の新しいひと箱を開封して一本を口に咥えながら、RIOに現状を確認した。

「この程度」

 その声と同時に指を鳴らす小さな音がする。直後、咥えたばかりの煙草がいきなり発火し、一瞬にして一度に燃え尽きた。

「うぉぁっ?! あぢっ! も、燃え……ッ、俺の前髪がァ!」

「あ。火力が思ったより弱かった」

「き、キサマっ」

 焼け焦げて縮れた前髪を乱暴に掻き混ぜながら睨み上げれば、本気で火加減の調整ミスを口惜しがっている反抗的な視線と目が合った。

「実践が修得の最短ルートだろ。文句があるなら《流》で掛かって来いよ」

(先が思いやられるな)

 GINはそんな内心を隠すように、引き攣った笑みをRIOに返してやり過ごした。

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