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鷹野由有保護 2

 撃ち込んだ銃弾が、窓のガラスを粉々にする。四方に飛び散るガラスの破片。GINの頬に幾筋もの切り傷が刻まれていく。連続した発砲音が、右から続けざまに轟く。サイレンサー付とはいえ、GINの鼓膜をそれなりの音がつんざいた。

保護対象者(マルタイ)の位置!」

 零の怒声が連続した発砲音とともにGINの耳に届く。GINの一発目が、冷静さを欠いた発砲だと責めていた。

「ソファ脇、スーツケースの中だっ」

 咄嗟に出た舌打ちで気を立て直し、由有の確保に向かった零に叫ぶ。その間にも数発を撃ち込んで出入り口の鍵を壊した。扉を思い切り蹴り破る。密室状態だったプレハブ小屋から、思念が溢れ返った。

《何っ?!》

《なんで?! 親父にもここは知らせてないのに》

《な、なんだよ。どうなってんだよっ》

 洪水のように流れ狂う思念たち。簡易に備えつけられた仄かな灯りよりも、極限化した感情のオーラの方が、敵の居場所を鮮明に伝えていた。

 背を丸めて顔や頭をガラスから守る。GINは転がり込む形で突入した。すかさず身を起こしてクラウチングの姿勢を取る。目標地点は、GINと同時に突入した零が飛び込んだ先。グリーンに染まる視界の中、彼女の着地点を素早く探した。

 GINの瞳が、倒れたスーツケースの脇で丸めた身体を立て直す彼女の姿を捉えた。それと同時に映ったのは、零の後頭部に標準を合わせて見下ろす沢渡の姿。

「RAYっ、うしろっ」

 警告のかたわらで、意識をアキレス腱に集中させる。

「なっ?!」

 誰かが言葉にならない声を漏らした。GINがその瞬間を見損ねたのは、プレハブの天井目掛けてジャンプした体が旋回と加速をしていたためだ。

 零が低姿勢を保ち、回し蹴りで沢渡の足をすくう。GINは自分に標準を合わせた渋沢と久秀の肩を目掛け、勢いよく足を振り下ろして着地した。

「がァっ!」

「ぐぇッ!!」

 二挺の拳銃が情けなく床を転がっていく。GINはすかさずふたりの足首に狙いを定めた。

「GIN!!」

 呼ばれた声に振り返れば、既に沢渡が体勢を整え、零の喉に太い腕を食い込ませていた。零は苦しげに顔をゆがめながらも、スーツケースを抱えて由有を守る姿勢を緩めない。

「てめえら、何もんだ。サツか」

 零に問い質す沢渡の頬には、新たな銃創が刻まれていた。更に彼の腕が零の喉に食い込んでいく。零の上体がとうとうスーツケースから引き剥がされた。

「それとも親父さんの差し金か」

 沢渡の口角が口惜しげに引き攣れる。零のベレッタを握る手に、沢渡の手が重なる。それが彼女のこめかみに銃口(マズル)をあてがう姿勢を取った。

「それ以上近づくと、この女が脳髄をぶちまけるぞ」

 冷ややかな瞳がGINを鋭くねめつける。

(さすが東郷の右腕、ってところかな。隙がないなあ)

 考えた末、GINは場違いなほど気の抜けた声でひと言だけ呟いた。

「んじゃ、逃げる」

「あ?」

 あまりにも想定外なGINの答えは、沢渡に頓狂な声を上げさせた。信じられないものを見たと言いたげな沢渡の顔を、緑色に染まった視界の中で一瞬だけ垣間見た。GINの全身を深緑のオーラが包み込む。同色の古ぼけたコートが、風もないのにはためいた。助走なしで、垂直方向へ思い切りジャンプする。オーラがGINの全身を包んで守る。《流》を圧縮させた激しい《気》の流れが、天井のスチールを突き破った。GINも気流に乗って屋根を突き抜け、自由な空中へと飛び出した。広い空間を感じると、GINは大きく旋回した。

(あの辺、だな)

 狙いを定め、再び急降下する。プレハブ小屋の屋根が、GINを迎え入れるようにめくれ上がった。中が丸見えになった先に、呆然と自分を見上げる沢渡の間抜け面がGINの苦笑をいざなった。

「なんちって。ただいま」

 挨拶とともに、拳銃を構えた沢渡の右肩へ痛恨の蹴りをお見舞いする。

「ぎぁ……ぐぅ……ッ!!」

 沢渡の右腕がごとりと床へ落ちる。ほぼ同時に、鋭い痛みがGINの脇腹に走った。

「っつぅ」

 脇腹を圧迫して確認する。さほどの痛みは感じない。かすり傷と判断し、GINは痛みの来た右方向へ視線をゆっくりと流していった。

「ふぅん。意外と気丈だな」

 照明が大破された真っ暗闇の中、カチカチと撃鉄(ハンマー)の鳴る音に向かって呟いた。

「さすが、人ひとり殺ってるだけあるね、渋沢クン」

 嫌な汗がGINの額に滲み出す。渋沢から洪水のように溢れ出す感情が、GINの顔をゆがませた。

(それでも、使うしかほかに方法がないだろう、俺)

 渋沢のストレートな感情に怯みそうな自分を、必死で奮い立たせる。GINはゆっくりと渋沢に近づいた。

「あ……ぁ、こ、こっち来んなっ」

 そう叫んで抗う渋沢の手首を思い切りねじ上げた。

「うぐぁぁあああ!!」

「そんな化けモンを見るような目で見るなよ。好きでこんな《能力》を持ってるわけじゃない」

 背後で人の蠢く気配がする。渋沢の悲鳴をBGMにそちらに軽く注意を向ける。GINの視線の先で、零が咳き込みながら立ち上がり、スーツケースに手を掛けていた。同時に沢渡も、落とした自分の拳銃を残った左手で拾い上げるところだった。その更に後ろでは、なんの役にも立っていない言いだしっぺのバカが、粗相をしたまま腰を抜かして震えている。

「RAY。由有をそのまま運んでやって」

 スーツケースの中から漂う、不安と期待の入り混じる思念が、GINにそう言わせた。

「了解。渋沢は」

「更生不可能。人としての根本が欠落している」

 渋沢も、好きでそう生まれたわけではない。そういう意味での哀れみで押し潰されそうな感情を、零に告げた言葉で無理やり押さえつけた。

「渋沢の件は、俺から本間に報告する。お前は自分の任務を優先しろ」

 素手で渋沢に触れるGINの中に溢れ込んで来る彼の思考は、人というよりも動物のそれにかなり近かった。

「……了解です」

 零のその言葉とともに、銃声が、ひとつ。再び零の手に戻ったベレッタが、沢渡の左手から拳銃を弾いていた。


 呻き声以外に何もない崩れ掛けの小屋に、GINと犯行グループの三人だけが残された。

 GINは渋沢の額を素手の左手で鷲掴みし、沢渡の許まで引きずった。

「あ……あ……」

 渋沢がかすかにそう呻く。GINの脇腹にあてがわれた連射式のハンマーが、渋沢の手の中でカチカチと虚しく空撃ちをし続けた。

「そっか」

 彼の思念を読み、哀れみの苦笑がGINの面にやんわりと浮かぶ。

「血を見れない世界が面白くないなら、これはいいプレゼントになるな」

 GINの右手は、そう言う間にも沢渡の額を掴んでいた。

「――ッッッ!」

 今度は沢渡が、声にならない悲鳴を上げる。

「独りで逝くのが寂しい渋沢クンに、沢渡のおじさんをつけてやるよ。仲よく地獄で仁侠ごっこでもしてな」

 呻く沢渡の思念を読む傍らで、子守唄のように、囁く。《送》に侵蝕された渋沢を解放し、GINのベレッタを握らせた。

「ぉ……ご……や、め……ッ」

「キミ達に、最初で最期のプレゼント」

 呟く声が低くなる。直接手を下すのではないと自分自身へ言い含め、GINの描いた思念を沢渡にも送り込んだ。入れ替わるように流れ込んで来る、彼らのこれまでの数々の犯罪。こんな思念を送り込むだけでは生ぬるいと感じる一方で、慰め程度には罪の意識が軽減される。

「東郷久秀クン。キミはどうせそれを扱えないんだろう。沢渡にあげなよ」

 GINは人形のように動かない久秀の手から、まだ弾の残っている拳銃を取り上げ、沢渡の手に握らせた。

 GINが送った“最初で最期のプレゼント”。

 久秀の護衛・監視を果たせなかったふたりに、東郷組長が下した決定の言葉。ふたりを取り囲む、昨日までは同胞だったはずの仲間たち。その手に握られているのは――。

「うわ――ッッッ!!」

「俺のせいじゃねえっ!」

 数発の発砲音が鳴り響いた。彼らの鼓動が止まっても、コンマ数秒ほどの間、拳銃は稼動し続けた。それは、恐怖で強張った指がトリガーを引いたまま絶命していることを示していた。

 彼らの絶叫と断末魔が退いていくとともに、GINの《流》も幾分か抑えることが可能になった。

「さて、と」

 GINの呟くその声が、凍えるほどの冷たさで静寂の中に響く。まだ《能力》が視界を明るく見せている間に、済ませることがもうひとつある。

「久秀クン」

 革靴がコツンと床を蹴る。GINは渋沢に貸したベレッタを取り返し、弾を装填し直した。

「ひ……っ」

 彼の漏らした小便が漂わせる異臭で、GINの顔がよりゆがむ。

「首謀者のキミは、瞬殺してやる気にならないんだよな」

 流れ込んで来るであろう思念を覗くのは不愉快極まりないが、それでもそうせずにはいられなかった。

「貴様がして来たことのすべてを、そっくりそのまま貴様自身が味わってから逝くべきだ」

 告げると同時に久秀の額を掴む。溢れんばかりの悪行の数々を、吐き気に耐えながら読み込んだ。いたぶるように、爪、指、手、肘、膝、腕、大腿と切り刻んでいかれる激痛。制裁と称した集団リンチに、死にたいと繰り返す下っ端らしき誰か。まだ恋も知らない少女の、砕かれたプライド、絶望、痛み。そして最期に上げた断末魔の声。似たような凄惨な光景が流れ込むに従い、GINの中にしつこく燻る罪の意識が薄れていった。嫌悪という言葉では表し切れない感情が、GINの眉間に幾筋もの縦皺をかたどらせた。

「ひ……ぃや……っ」

 久秀が裏返った声で、自分が殺した少女の言葉をそのまま繰り返した。口角から垂涎し始める。久秀の犠牲者たちの味わった痛みが、久秀の精神を壊し始めていた。GINは自分までシンクロの影響を受けない内に、彼の額から手を離して立ち上がった。

「ひひ……へへへ……」

 最後に久秀の漏らす声が笑い声という現状に、例え狂気からでも忌々しさを禁じ得ないが。

「地獄で渋沢や沢渡に土下座をするんだな」

 GINは既に認識能力すらない久秀に向かい、無意味な言葉をはなむけた。

 トリガーに掛けた指が力をこめる直前に、携帯電話がGINに着信を告げた。少しためらったものの、結局携帯電話を手に取った。

『通話に出られるということは、お前の任務も完了したということだな』

 紀由の安堵に満ちた声が、この修羅場にそぐわない気がした。そんな思いが苦笑の形で表れる。それが結果的に紀由への返事となった。

『気をゆるめるのはまだ早いぞ』

「うん、そういうわけじゃないけどさ。……本間、渋沢の更生は、無理だ」

『どういう意味だ』

「前のコロシで開花しちゃった、って感じ。血を見ることでしか生を感じられない。事後報告で悪いけど……消したから」

『お前が手を下す必要はない、と言ったはずだ』

「……悪い」

『責めているわけじゃない』

 深い溜息の音が、電話の向こうから漏れ聞こえた。過保護な兄貴分がどんな表情をしているのか、想像がたやす過ぎて言葉を失った。

『あと数分でそちらに到着する。今は余計なことを考えるな』

 紀由はGINの返答を待たずに通話を切った。足許で狂った笑いを零し続ける久秀が、自分をあざわらっているように見えた。

「ミッション」

 虚ろな彼の眉間にベレッタの標準を合わせる。

「コンプリート」

 パン、という音とともに、赤い花火が小さく噴き上がった。

「今更殺った奴が一人や二人増えたって……」

 赤い水溜りが革靴を穢していく。

「咎人の癖に……笑ってんなよ……」

 GINはそれを見下ろしながら、誰に対してのものかも解らないまま呟いた。

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