第46話 嵐の前触れ
『おおーっ! これは────何とも……実に美しいっ!』
彼は眼前のあるものにすっかり心を奪われ、感嘆の声を漏らしながら、両手を大袈裟に広げていた。
それは────圧縮空気砲。
『素晴らしい働きだ、博士。しかしデカいな。そして──ふんぬっ! 持ち上げっ、られんな──っ!』
完成した兵器の側まで近寄り、実際に触れてみた感想を述べるスティーブン。
『完璧にはほど遠いです、あくまで試作なので。このデカい図体を小型化するため、これから調整するんですよ。これには骨が折れますよっ』
やれやれとアーサーは首を左右に振った。
『名はなんだ?』
『圧縮空気砲です。Furairという単語は、FuryとAirを繋げたもので、「揺らめく狂気の空気」から来ています。理由としては──これが単なる圧縮空気砲ではないからです』
『……というと?』
スティーブンは続きを話すよう促す。
『……魂です。誰しもが持つ生命を奪い、内包される負の感情だけを取り込み、それを狂気として変換するんです。そして、そのエネルギーが空気を圧縮することで、凄まじいパワーを生み出しますがとても現実的ではないです。人間が扱える代物では到底ありませんし、歩兵火器としての運用は出来かねます。もしこの状態で運用するとなると、シリーズである彼女たちになります。それであれば、兵器としての実用性は特段問題はないでしょうが……』
そこでアーサーは言葉を詰まらせる。
『欠陥がある……と言いたげな顔のようだね』
それに続く言葉を察してスティーブンが繋げる。
『……否定はしません。威力を上昇させるにあたり魂は不可欠。どうしても負の感情だけで賄うのは難しいでしょう』
研究者であるが故にぺらぺらと喋ってしまったことを後に彼は後悔することになる。
『あい分かった……ではそうしようか──』
そしてスティーブンは研究室の出口へ向けて歩き出した。
『はい……?』
その彼の背をアーサーは視線で追い掛ける。
『博士……何かを得るためには何かを失う。等価交換は世の常だ。少数の犠牲は付き物ということだよ』
『はぁ……』
その言葉の意味を数日後に知った彼が、不完全な圧縮空気砲を持ち出し逃亡したのはあれからすぐのことだった。
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「──お……アー……サー……っ!」
断片的に届いていたものが、徐々に変換されていき────
「おいっ! アーサーッ!!」
瞬く間に意識は現実へと引き戻される。
「────ッ?!」
ボヤけていた視界がクリアになる。
机に置かれたカップを口に運び、ブラックコーヒーを啜る彼。
見慣れた顔が心配の眼差しで、こちらを見つめていた。
「隠れ家に来てからその調子だが大丈夫か? 具合悪いなら、ベッドで少し休め」
対面の椅子に座る親友の声がやけに脳へ響く。
夢覚めしたばかりだからなのだろうか。
「いいや問題ない。だが今俺は、脆い状態で衝撃に弱い。そう──」
俺は口癖となったあの言葉を続ける。
「「黒曜石のように──」」
俺たちは視線を合わせ、
「「ッ──ぶっはははははははっ!!!!」」
同時に吹き出した。
トーマスが「ぷっ、言うと思った」と机に肘を付き、左人差し指を向けニヤければ、
俺は「クックッ、お前もようやく俺のペースだな」と返しながら、ふんっと鼻で笑う。
「何年親友やってると思ってんだよ?」
「40年近くだろ……トーマス?」
「いやあの時1回ぽっくり逝ったろう? だからカウントやり直して数年だろ、アーサー?」
「俺はお前の薬品で死を偽装したんだ。カウントされない、ノーカンだ!」
「無断で使っておいて、よくもまあ堂々と言い張れるなぁっ?! あーん?!」
そして俺たちは再び二人して腹を抱えた。
「あーそうだ。話は変わるが、それ──クルクスに渡すんだろ?」
俺は親友が首から下げたロケットペンダントを指差す。
「あぁ、初めての……プレゼントだ」
トーマスは胸前のそれを手の中に優しく包む。
喜んでもらいたい一心で前から選んでいたことは、親友である俺も当然知っている。
「父親からもらうプレゼントがペンダントなのは、だいぶ洒落てるな。さぞかし喜ぶだろうさ、もう少し自信を持て」
本心からの言葉を俺はトーマスに伝える。
「アーサー、お前も親だろ? なあ、お前から渡してくれないか」
家族を3人も失ったんだ。自信を失うのも必然か。
「親は親でも育ての親だ。ヴァレンタインに預けたのはクルクスで、ニナニナは俺だ。それにお前は実の父親なんだから、ドッシリ構えてろドッシリと、なっ──?」
ここでこちらへ近づく2つの足音を察知した俺たちは、一時話を中断した。
「ほっかほかーっ! 湯船から上がったよー!」
「ぽっかぽかーっ! クーちゃんのマネぇっ!」
クルクスとニナニナが扉を押し開け、部屋に入って来た。
彼女たちが纏った入浴剤の香りが、瞬時に空間を満たす。
クルクスの記憶喪失についての話は後ほどな、と俺はトーマスに耳打ちしておく。
「何だか久々な感じがする。普段入らないのに不思議ね」
「お湯は抜いたか?」
トーマスに「もっちろん!」と、サムズアップとウインクを送るクルクスの足下が気になり、ふと俺は目をやる。
「──スリッパ無かったのか?」
洗い立てでキレイな素足が地面に着いていたので、俺は指摘した。
「えっ……? あっ──」
俺の言葉で察したようだ。
「うっかりしてた。こっちじゃ裸足はダメだったわね」
濡れた床下を一瞥し、あははぁ〜と頭を掻くクルクス。
「こっちぃっ? クーちゃんどこか、おでかけでもしたのーっ?」
ニナニナが疑問をぶつける。
「えっと──あれ? ここを離れた覚えはないのに、おかしいなぁ?」
ニナニナの純粋クエスチョンが、彼女を困惑させていた。
「頭をぶつけて記憶が混乱してるんだ。全員揃ったことだし、食事にでも────」
トーマスがそう言いかけた刹那──
「えい──っ!」
突然ニナニナにハグされ思考を停止させるトーマス。
「…………オイオイオイオイッ!」
何が起こったか理解した親友は、即座に幼い少女をひっぺがす。
「──お父さんっ!?」
急いでクルクスが両腕で何とかニナニナをキャッチ。
「大丈夫っ?!」
「えっへへぇ〜、クーちゃんちかーいっ!」
彼女の心配とは裏腹に幼女は楽しんでいた。
「楽しそうなら何より……それはそうと──」
ニナニナに送っていた柔らかな視線は一転し、クルクスは冷たい視線を俺の親友に運んだ。
「すぅううううううう、ふぅううううううう」
放り投げた当の本人はというと、タバコを咥え間髪入れずに先端へ火を付け一服していた。
「ちょっとお父さん、小さい子を放り投げるとかどういうことッ?! ──っていうか、子どもがいる前ではしないでっ! タバコは外っ!」
ニナニナを抱き抱えるクルクスの鋭い眼光が、トーマスに突き刺さる。
これには俺も同感だ。
「こ、これはだな……っ。大人の事情が──」
きっと危惧してるのだろうな、絶え間ない狂気を……だが圧縮空気砲を装備していない際の濃度が低いことは、彼女たちがバスルームに行ってから、すぐに計測して分かっているはずだ。
トーマス、お前は一体何に怯えている?
「く、来るな──っ!」
弁明しようと言い淀む親友は怯えた顔で、再度迫って来た1人の幼子を全力で拒絶した。
「うぇ……っ?」
勢い強めの言葉に幼い少女はウルウルとし始め、
「いや、ちが──」
ニナニナの頬を一粒の涙が伝った瞬間──
「っ……ふええぇぇん゛っ゛! うええぇぇん゛っ゛!!」
決壊したダムの如く、顔を真っ赤に膨らませ泣き出した。
「うわぁ〜、泣かすとかサイッテェー」
クルクスからは軽蔑の眼差し。
「泣かしたな、トーマス。父親として情けないぞ」
彼女に乗っかる形で俺もふざけ半分で追撃する。
「うぐ……っ」
トーマスは分が悪いと悟り、ニナニナを泣き止まそうとした次の瞬間────
ドゴーン──ッ!!
轟音と共に何かが真上の天井を突き破り、机に落下する。
地面への着地で土煙が上がり、風圧が周囲の照明ガラスをバラバラに破壊し、部屋は暗闇に包まれた。
「な、なにっ!?」
「うぇええええん! ふぇぇぇん!」
「アーサーッ!」
「あぁ──分かってるッ!」
いつでも動けるよう、トーマスと俺は2人を守れる距離で瞬時に臨戦態勢へ移る。
…………が次の瞬間、俺は裏をかかれることになった。
「どあっ!?」
視界の悪い状況で大きな陰はトーマスを摑み、回転をかけ的確に俺の方向へ放り投げてきた。
「クソがッ!」
こちらの位置を把握しているのか、厄介な。
2人に神経を集中していた俺は、乱入者による予想外の行動に対応できず、2人揃って壁に追突。
パシュッ
炭酸飲料を開けるような音が鳴る。
「うぇえええ……っ──」
バタンッ
「お父さん、あの子が──キャッ!?」
すぐさま俺はトーマスをどかし、触手を何本か飛ばすも空を切った。
ライターの火で明かりを灯し確認するも遅く、2人を連れ去られてもぬけの殻に成り果てていた。
「チッ……逃がしたか。──無事かートーマス?」
床に倒れた親友の方へと俺は振り返り声を掛ける。
「おかげさまでなんとかな。いっつ……っ!」
立ち上がろうとトーマスがよろけて尻餅をついたので「無理すんなよ」と言葉を送る。
俺がクッションになったとはいえ、背中を強打したんだ。
多少ダメージがあってもおかしくないか。
「何だったんだ……今の──」
「さあな、事実としてあの子らを攫った。理由は十二分じゃないか……?」
俺は手を貸してトーマスを立たせる。
「……そうだな」
「……慌てないんだな」
妙に落ち着いている彼に俺はそう言う。
「取り乱して現状が変わるならそうしてる」
「ごもっとも、んっ……?」
ふと俺が親友の首元に目を向けると、さっきまであった物が無くなっていることに気づく。
「おいトーマス────ペンダントはどうした?」
俺がそう言うとトーマスは咄嗟に自分の全身に手を当てる。
「えっ……あっ、ない?! ──まさか」
俺がその続きを口に出すよりも先に声が響いた。
「────盗られたようだな」
声のする方へ俺たちは向き直る。
すると玄関扉に背中を預け腕組みする、サングラスをかけ雨でずぶ濡れになった1人の女性がいた。
「ヴァレンタイン!? どうしてここに──」
「ヴァレンタインか……っ」
トーマスとアーサーは、その女性の名前を口にする。
そして彼女の少し後ろには、肌をこんがりと焼いた2人の護衛の姿もあった。




