第41話 鯱(しゃち)とチェンソー
『────どういうこと……っ』
返り血を浴びたマスク越しの視界に広がる光景は、彼女の目を疑うものだった。
(手応えが…………ない?)
どこか腑に落ちない──想定した予想と事実のギャップ。
そのズレを修整するため、左手を開いて閉じて、開いて閉じてを数回繰り返す。
平静に返るも、『ウソよ……そんなはずはない』と、自身に言い聞かせるよう首を横に振った。
トドメを刺すため追撃を加えようと、彼女は壁へ押し込まれ意識を失うオルカへと足を進める。
『ジョーズ、もうよせ──死んでる』
背後のトーマスから声を掛けられる──しかし彼女は視点をブラさずに、こう言葉を返す。
『バカね、あの日本人よ? 理解しがたく、恐ろしい戦闘民族なのよ? 性別関係なく國のためなら、「テンノウ、ヘイカッ! バン、ザイッ!」って、命すら投げ棄てる野蛮者。それに身体は紋々──菊と桜のタトゥー──で初めから穢れて、聖魂──十字架タトゥー──を刻もうにも……断念されたのよ……?』
油断ならないとそう口に出すも、どこか複雑で苦しそうな面持ちのサメっ娘。
その奥歯には、挟まるような違和感に襲われていた。
(一撃……たった一撃で、沈んだ。……行動不能でも、動きが鈍るでもなく──弾丸が装甲を貫通して、息絶えた……)
思考をフル回転させ、ジョーズは考えを改めた。
ダンッ!
そして──彼女の違和感が核心へと変わる。
『チッ──やられた……っ! マズイことになったわ……』
M1992を前方に遠心力で回転させると、ジョーズはトーマスを置いて一目散に駆け出した。
『イヤな予感が────当たったようね』
切り裂かれた2つの小さな肢体と大量の血液が、不規則に間隔を空け、通路上に散らばっていた。
進めていた歩みを彼女は止め、両足を曲げ屈むと、地面に転がるあるものを手に取り確認する。
『──ピンクの肉球……手酷くやられたものね』
その正体はミスター・スティーブンが飼っている、猫2匹の変わり果てた姿だった。
死亡したことで変身が解けたのであろう、と最終的にジョーズはそう結論を出す。
『──可哀想に……惨い殺し方を、するのね』
小麦肌のサメっ子は流れるような仕草で、祈りを込めながら十字を切った。
ダンッ!
『────っ?!』
W2(獣人化の通称)で感覚が研ぎ澄まされたジョーズの眉がピクリと動く。
ダンッ!
『……近いわねっ』
二度目の銃声で座標を特定後、滑り込むように床へ飛び込んだ。
──────────────────────
ジョーズが到着する数刻前──
ギュリリリリリッ!
『ウニャア嗚呼あああああああああっ!!!』
二枚刃の高速回転による切断音と、骨を軋ませる狂った絶叫のデュエットは奇跡のマッチングを果たし、優雅な二重奏のワルツを奏でていた。
『ミャ、ミャだ……っ! ミャだ……っ! あるじにっ、主にミャだ、……この身体でぇ、抱きしめてもりゃって! だから、腕だけは……せめて、腕──ウ゛ミ゛ャ゛ア嗚呼ああああああああああッ!!』
皮と肉、骨までも引き裂かれ四肢が解体される。
壁に押し付けられながら、恐怖に侵された眼球は限界まで見開かれ、遂には2枚刃チェンソーの餌食となる。
『……アァ……アァッ……ア゛ァ゛ッ!!』
二重奏は三重奏へと移り変わり、翠と紫の透明感あった瞳は、赤黒く塗り潰され……ヒカリを喪った。
さらには彼女の咆哮が合わさり、三重奏から死重奏へと────昇華を遂げた。
バリッ! バリ゛ボリ゛──ッ!!
骨を砕く不快な咀嚼音は、天井と壁と床を反射し、ガチガチと木霊した。




