第39話 1stシリーズ第6号
『そんな出来損ないじゃ、あたいは止められないわよ……っ! まだピーナッツの方が、あたいにとっては難敵かもね──半獣化──W1──っ!』
身体の一部を変身させ、鋭利な瞳をジョーズは星形サングラスからギラつかす。
握り締めたM1992と小ぶりながらも力強い背びれのしっぽ、そして通路の地形を駆使し、目の前に立ちはだかる分身体を軽快な動きで次々に撃ち倒して行く褐色小女。
『ジョーズ、マスクを付け忘れるなっ!』
殿のスティーブンが後方で叫び、ジョーズ目掛けてある物を振り被った。
そう近くはない距離での軽いやり取りが、2人によって交わされる。
『はいはーいっ! よっと──っ!』
投げ渡されたガスマスク形状の物を回避に合わせて、彼女は空中でバク宙キャッチ。
離れていてもある程度声を拾える辺り、五感も研ぎ澄まされているのだろう、と白衣を纏い走る博士はそう感じていた。
ジョーズは後方組に身体と視線を向けたまま、片手でショットガンを一回転させながら、スベスベ太しっぽを使いマスクを着用する。
『うがああああああああああああっ!!!!』
溢れんばかりの殺意と怒号が、彼女の背後に迫った。
『────ジャストタイミ〜ングっ!!』
バン──ッ!!
至近距離射撃が顔面に入り、分身体の攻撃が鼻先寸前で掠れ、
ドサッ
背中から後ろへひっくり返り、赤い血が流れ出る。
『まぁ……こんなものね。6匹中4匹終わり、残るは2匹、か──』
障害となる敵を装着の完了と同時に仕留め、戦闘は終了した。
『変身の際は注意しろと、毎回言ってるだろうに。狂乱状態のお前に牙を向けられたりでもしたら、こちらはたまったもんじゃない』
ジョーズに追い付いたスティーブンはそう言った。
『心配しなくても、あたいは負けたりしないってボス』
戦闘が一段落して高密着マスクを彼女は外す。
そしてポケットに入れた星形サングラスを身に着け、自信に満ち満ちた表情を覗かせた。
『事故ることも考慮することだ。それに普段なら使うまでもないだろう。──だが今回は別だ。制御に至らない不安要素が無くせるに、越したことはないからな』
『W1までなら、理性で衝動を抑えられるわボス』
『──ハァ、ハァッ……そろそろ、ハァ……答えて、もらえます──?』
肩で息をさせながら、白衣の男は尋ねる。
『あぁ…………潮時だな。君にも“オルカ”君について、話しておこうか──』
『オルカ……?』
聞き慣れない名前に困惑気味のアーサー。
歩きながらスティーブンは続ける。
『「鮫」、「蝙蝠」、「蛇」、「毒蟹」、「スライム(クルクス)」。それに続く天罰を下す者シリーズの後継──その6番目として調整中だったのが、「鯱」だ』
『何だか、苦しそうな様子でしたが……』
『ジャップの素体は投与薬品との適合率がどうやら悪いようでね。時間経過で様子見したはいいものの……それで身体との適応が著しく低下した影響か。自我の制御もままならなくなってね。最近は暴走気味で──』
先ほどまで頼もしいと感じていた彼の背中が、一瞬で暗闇に堕ちた錯覚に陥る。
見間違えと感じた博士は、腕で両目を擦った。
だが、心の靄は晴れるどころか増すばかり。
『ヤツは本体と5体の分身体を含めた、計6体で狩りを行う。だが空の人形に意識を共有してるだけで、分身体は本体と比較し装甲が薄い。だからこそのショットガンだ。一撃が重い爆発力は、ヤツへの有効打となる。万が一、本体と出会すことになれば────全力で逃げる外、ないな』
博士の表情がだんだんと険しくなっているとは露知らず──付け加えるようにして、男幹部は話を続ける。
『まあ──近々殺処分しようと、検討していたところだったのだよ。タイミング的にも……丁度いい』
後ろに続いた彼の言葉に耳を傾けず、塞げば良かったと、この時アーサーは後悔した。
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『────いきなり全員揃って「ドクターペッパーが飲みたいー!」とか。自分らで買い出しに行けよな──ったくよー』
視線を下げ小言を呟きながら、1人の研究者が廊下を歩いていた。
『要らないって言ってる奴に普通、買いに行かせるか……? 時間が惜しいのは、こっちも一緒だってのに────んっ?』
歩みを止めた彼の足元に注がれていた視線は、目の前に現れた身体の一部を装甲で包む人物へと向けられる。
『……トー……マス──』
今にも息絶えそうなか細い声が、全身血だらけの小女から発せられた。
『────オイッ!!』
いつもとはまるで違う様子に研究者の男は一瞬驚くも、すぐに腕に抱えた大量の炭酸飲料を捨てて、オッド・アイの瞳を持った幼子の少女に駆け寄った。
『オルカ、何があった──!? 酷いケガをしてるじゃないかっ!』
精神支配人造肉体変異実験体で人造肉体変異実験を実地する場合、本来はまず精神改竄を行い余計な記憶を取り払う必要がある。
しかし──この子に精神改竄をトーマスは施していない。
『……オレ、に……イイ、ました……よねっ? あやまち、をくり……かえさな、いって……』
『…………っ!』
日本から拉致されて来た、翠と紫の珍しい眼の持ち主。
平穏な日常が瞬き一つで奪われる、その気持ちを彼自身痛いほど分かっていた。
『でも……ソー、リー……にげ、て……もう、げんか──』
残された理性を振り絞り、覚えたての英語で紡がれた言葉を最後に、彼女の意識は途切れ────
『オイッ、オイ──ッ!!』
反応がなくなったことで、トーマスは焦りのあまり肩を揺する。
装甲で覆われた鉄塊から繰り出される質量の暴力は、力を持たない無力な生き物へと狙いを定める。
『えっ……?』
過去のことから憐れだと同情し、記憶改竄の工程を省いたことが悪手だったと、走馬灯の如く瞬時にトーマスは知らされた。




