第37話 非合理な兵器開発計画
クルクスが組織に加入して5年、ソ連の崩壊から半年が経った──1992年。
──組織上層部より、ある博士が率いる研究チームに『巨大汎用型携行歩兵火器』の試作要求が舞い込んだ……しかし、その開発におけるプロセスが困難極まれないため、研究チームリーダーは取り急ぎある部屋に訪れ、内容見直しの異議申し立てに来ていた。
『いくら何でも無茶苦茶です──ッ!! 常軌を逸していますッ!! 到底看過できるようなことではありません──ッ!!』
彼は手渡された資料を理解した、いや理解しようとした。
だが脳がそれを拒んだ途端、衝動を抑えられず手に持っていた計画書を、目の前にいる人物の机に叩き付けずにはいられなかった。
『アツい、アツいね。燃え滾るそのアツい魂、熱量、それ自体は素晴らしいと思う……が、幹部に対してこの行為。組織の専属研究員がやることかね? 研究者たる者。上から吹っ掛けられたどんな無理難題でも解決し、国家のため実現する。それこそが、真の愛国者だと私は思っている────』
ヴィンテージ調でビニールレザー仕様のデスクチェアに深く腰掛ける1人の男。
彼の座る椅子の背には、軍用コートをベースに誂えた一着が掛けられており、徹底して拘り抜かれた品だと一目で分かる。
『ぜひ君の意見を、聞かせてはくれないか……? ──アーサー博士』
膝上特等席にちょこんと居座る猫ちゃんの頭を、その人物は左手で包み込むようにそっと撫でた。
そしてアンティーク調の書斎机で寛ぐ、右端の2匹目が「ごしゅじ〜ん……っ!」っとアゴを突き出す。
これに応じる形で空いている手を伸ばし、その首元をくすぐり戯れる博愛主義者。
『念のため確認ですが……我々に提出される前に再度ご確認されましたよね?』
『おやおや、無視かね。私は非常に哀しいよ』
『話を逸らさないでください──ッ』
アーサーの強めの口調が効いたのか、男は態度を改める。
『すまないね。今からしっかり答えよう』
『初めからそうしてください。では、質問に答えてください』
そうして男の口が開かれる。
『答えは──────イエスだ』
バンッ!!
『あん……っ? テメェ、ブッコロされてねぇのか?! これのどこに──ッ!! 修整が、加えられたんですかッ!!』
『ここだ、よく見たまえ。ほら、項目が変更されているだろう……?』
怒るアーサーに物怖じすることなく、淡々と男幹部は書類の変更事項へと指を差した。
『あぁっ──そうかいそうかよッ。この俺を怒らせたな、このクソったれッ! まともに取り合おうとした俺がバカだったよッ!』
記載された期限日程の短縮が決定打となり、彼の堪忍袋の緒が切れたことで、さっきまでセーブしていた感情がこれでもかと吐き出された。
無論、矛先はミャウミャウと猫じゃらしでじゃれる目の先の男だ。
『博士、あなたは今気が立っている。少し冷静になった方がいい』
『すぅ~……はぁ〜……。あなたに言われるまでもありません。生憎こちらにも、限度というものがあります。今回の件、愛国心あれどお断りさせて頂きます。メンバーも巻き込むなら尚更のことです。こちらの要求が呑まれない以上、恐れながらこの件は引き受けられません。気が変わったのであれば、再度一報をお願いします。それでは失礼します、ミスター・スティーブン』
そう言い残したアーサーは、部屋を退出しようと歩を進め、ドアノブに手をかけたところでスティーブンにこう呟かれた。
『彼とは大違いだ──君には心底がっかりしたよ』
足を止めて肩越しにスティーブンの方へ、アーサーは瞬時に振り返る。
『……急に何です?』
彼の聞き捨てならない発言に、まんまと博士は食い付いてしまう。
『“がっかり”、そう言ったんだ。もし彼なら、二つ返事で快諾してくれただろう。あーでも、気にせんでくれ。所詮は些細な独り言だ』
『呟きにしては、随分と大きなことで……』
『内なる声を大にして言いたいことぐらい、この私にもあるさ。なにせ──人間だからな』
わざとらしい物言いが琴線に触れ、すぐさま彼の前まで引き返すアーサー。
『知ったような口でアイツを語るな!』
ドンッドンッと床を踏み鳴らしながら、激昂する思いを幹部の男に爆発させ、彼の怒鳴り声が室内全体に響き渡る。
『「非合理の合理」──とあるように、一見合理的でないことが、実は合理的であることは少なくない。組織運営において、効率性や合理性のみを追求することが、必ずしも最良の結果をもたらすとは限らない。柔軟で質の高い判断による一見無駄に思える計画が、組織の創造性への深いつながりとなり、架け橋となる合理的な側面を有しているということ。既存の枠組みやルール、常識から外れた「非合理」は新たなを世界を構築する。失敗を恐れず試行錯誤を繰り返す中で起こる、化学反応の生み出す画期的な産物が……君の目にも焼き付いているはずだ。それに加え、合理を求め非合理に走ることは────今に始まったことではないのだよ、博士』
スティーブンは続ける。
『それにこれは、私の個人的頼みじゃない。組織で決まった方針であり──命令だ。大統領の言葉だと受け取ってもらって構わない』
パチンっ! っと彼は大きく指を鳴らす。
空気は振動し、乾いた音が部屋中に反響する。
『なっ──!?』
────次の瞬間、アーサーは突如床より現れた褐色小女に腰辺りをホールドされ、動きを封じられた。
『逃げちゃだ〜めっ♡ 動いたら痛いわよ? あたいの牙はねぇ。骨どころか、魂まで噛み砕いちゃうんだから、ねっ? これでいい、ボス?』
床は水面のごとく揺れ、水音が跳ねる。
力強く飛びした足元は、数秒で落ち着きを取り戻した。




