第35話 まるで姉妹
「ちょちょちょ、ちょいちょい、ちょっと、待てぇ──っ!!」
運転している最中、トーマスが突然独特なリズムで声を出したかと思えば、すぐに自身の口を塞ぎ項垂れるような姿勢で頭を抱える。
「……すまん、頭を整理したい。……少し時間をくれ」
運転席と助手席の前方──ダッシュボードが小刻みに一定のテンポで叩かれ、その乾いた音は彼に考える隙を与えさせない。
『事実を受け入れろ、目を逸らして何になる?』
そう言わんばかりにトーマスを捲し立ててくる。
この予期せぬ事態を彼の脳処理スピードで捌くというのは、あまりに酷な話であり、彼がキャパシティーオーバーを引き起こすのも、必然であった。
だからこそトーマスは一度姿勢を元に戻し、運転に集中することを選んだ。
「流石の俺も驚いたさ……。こりゃあ、取り乱さないって方が難しい話だ。──俺は寝るぞ」
助手席に座る人物はこれ以上の追撃を止め、「時間はやる。だから逃げるなよ」と釘を刺して、黒帽子を深く被り直すと静かに寝息を立て始める。
「あの頃とは──随分変わったな。……そりゃそうか」
その様子を横目に運転手は、今とかつての親友の姿を重ね比べそう呟く。
だがそれでも歩みを止めない、前に進もうとする彼の姿がどこかトーマスには眩しく感じていた。
アーサー自身表情には出していないが、内心かなり驚いているのを、長年の付き合いからトーマスは理解していた。
────あの時、彼女たちを発見し急いで回収しようと歩み寄った2人が気が付いたこと。
それは、普段から肌身離さずニナニナが携帯しているはずの圧縮空気砲──あれが小さな背中から消失していたのだ。
あれに加え、これときた。
先ほどあの事について、真っ先にアーサーが組織への連絡をどうするか尋ねた際、トーマスはこれを渋った。
「……んで、俺ばっかり──俺が、何したってんだよ……っ!」
この世を創造せし神に押し付けられた、理不尽な運命にトーマスは静かに憤慨する。
理由は単純。それは────
「……これで終わりだ。全部っ……全部っ……終わったんだ」
そう自身に言い聞かせ、トーマスは心を落ち着かせる。
これ以上の悲劇を──繰り返さないためにも。
周りの親しき者たちを──巻き込まないためにも。
圧縮空気砲が紛失したなどと、わざわざ律儀に報告する必要はないと、そう結論を出したトーマス。
「俺は……俺は祖国を守りたいが一心で、ここに入ったんだ……っ。それにけして、実験材料なんかにさせるために入ったんじゃないっ。だからあの子らが被害に遭わないよう、別々にアイツの近くから遠ざけた……はずだったのに────っ!!」
両手に無意識に力が入り、握っているハンドルからみしみしと軋む音が車内に響く。
「あっ……いっけね。またやっちまった」と、もう何度目か分からない反省の言葉を口にする。
「あの男の本性のイカれ具合は、俺の想像の域を遥かに超えていた。ヴァレンタインとコイツに任せたが、俺の見積もりが甘かった……犯しちゃならない失態だった──」
信号が赤に変わり車を一時停止させる。
青に変わるまでの空白の時間、トーマスはちらっと背後に目を向けた。
2人の少女が幸せに満ちた表情で仲睦まじく肩を預け合い、穏やかな呼気を漏らしている。
「──主に愛されし我らに……祝福あれ」
後部座席の2つの温もりを必ず死守すると、見守っているトーマスは深く心に刻むのだった。




