第34話 偽る意識
「あんま無理すんじゃねえよ。空から降ってきたんだ。ダメージが残ってるだろうから、しばらくは安静にしてろ」
空? あたし、空から落ちたの?
ファフロッキーズ現象じゃあるまいし。
いつも聞かされるおもしろい冗談として、あたしはスルーする。
「ん? どうかしたのか?」
「えっ、いや……」
突然話を振られどう答えようか悩んでしまい、あたしは言葉を詰まらせる。
「えっと──」
何か話題を作ろうと、車内にあるもの片っ端に視線を巡らせ──
あれは……時計? ──にしては珍しい形状ね。
その時計にはニキシー管が使われており、どこか暖かみのある独特な光が自然と心をリラックスさせる。
まあいいわ。この際何でも構わない。
「えと、その時計……ノスタルジックで、落ち着く、ね」
助手席に座る男の前にある物に、視線と人差し指の先を飛ばし、ふと気になったそれについて、たどたどしい口調で場を繋ごうとなんとか尋ねる。
「あ、あぁっ……それのことか。えっとそれは、だな……」
答えようと言葉が出かけるも、途中でどこかバツが悪そうな様子で運転手は言い淀んだ。
もしかしなくても、聞いたらマズイ質問だったかしら?! だとしたら何しちゃってんのあたしーーー!!
もっと他に言い方があっただろうに──と、今さらながら後悔した。
「なーに、あの子に気なんか使わせてるんだ?」
助手席に座る高身長で全身黒ずくめ人物──体格的に見ても男の人であると一目で分かる。
今まで一言も発していなかったが、遂にその口を開いた。
「乙女の心が何よりも繊細なのを、お前は知らないのか?! それは非常に脆く、衝撃に弱い。この黒曜石のようにな」
切れ味抜群そうなナイフを彼はまるで生き物のように扱い、それを回転させる。
「何でも黒曜石で例えるその性格、いつになったら治るんだか──」
呆れてため息を漏らす運転手に、黒ずくめの男は「ふん、それはお前が一番よく分かってるはずさ」と一言。
「………………」
助手席に座る男の何気ない発言に、運転手は何も言い返すことはせず沈黙を貫いた。
「せっかくの親子水入らずだろ? 少し素っ気ないんじゃないか──トーマス?」
「なーにが、親子水入らずだ。お前がいるだろうに」
このようなやり取りは、今に始まったことではない。
いつもそう。こんな感じだった……昔から。
「周りには誰もいない。俺は空気だ。気にせず話せ。空気に話しかけるな。ったく、昔と変わらず野暮な野郎だ」
最後は小声でそう呟き、車内に置かれる灰皿に黒ずくめの男は手を伸ばす。
「お前がこっちに話振ってきたんだろうがっ!」
「ひゅーっ、コワイコワイ」
そして、そこから吸いかけのタバコを指で挟み口に咥えた。
「オマエッ……後で覚えとけよ」
その様子を見ていたあたしは、あーあ見てられないと、彼らを無視して隣に視線を移す。
寝息を立てすやすやと女の子は再び眠っていた。
「……クぅ〜、ちゃんっ……離れちゃ、やーだぁっ……」
よっぽど疲労が溜まっていたのね……あれ?
ここである一箇所にあたしの目が留まる。
この子、首筋のここだけ赤い。
ぽつんと首元の一部が赤くなっていた。
あたしはそこを指でそっと撫でる。
「お父さん、アーサーおじさん。絆創膏あるっ?」
虫にでも刺されたと思い、あたしは眠り姫が起きぬよう声量を抑え配慮しながら、2人に聞いた。
「あん? 俺はないな、アーサー持ってるか?」
「生憎、今は持ち合わせていない。だが包帯なら、ここにある」
アーサーおじさんは懐から小さな包帯を取り出してみせた。
「それ、もらってもいい?」
「あいよ」
おじさんは快く了承して包帯を手渡してくれた。
あたしはそれを受け取り、睡眠の妨げにならないために細心の注意を払いながら、幼女の首全体に包帯を滑らせ慎重に巻き付けていく。
「「……んっ?」」
脳が『当たり前』だと、無意識に勘違いを引き起こしていたこと。
それを認識したとき、遅れてやってきた違和感が彼らに襲い掛かる。
「「え──っ?」」
間の抜けた声が車内全体に広がった。
しかし──集中していたあたしの耳に、それが届くことはなかった。




