第33話 笑わないペテン師
『ハァハァ、ハァハァッ!』
目的遂行のため、視界の悪い通路をあたしは全速力で突っ走っていた。
『……そろそろね』
一筋の光が差し込む、地上の出口へと繋がる階段をあたしは一気に駆け上がる。
『えっ──?』
そしてその目の前に広がる光景に目を疑った。
『……どういう、こと……』
どこまでも地続きの開けた大地。
目に入る情報を理解しようとするも、あたしの脳が瞬時にそれを拒む──ありえない、と。
『……何も、ない』
さっきまで家の形を成していたであろう、四方八方に散乱する瓦礫の数々と、這い蹲った2つの死体を一瞥する。
それらがなければ、ここ一帯が丸ごと初めから何も存在しなかったのではないか。
そう錯覚を覚えてしまうほどには────。
更地と化した周辺の状況を確認しようと、警戒態勢を緩めぬまま慎重に歩を進めて行く。
『……あれは──』
やがてあたしは目的だった例のアレを発見する。
しかし、状況は既に一転していた。
『……誰かしら』
圧縮空気砲を軽々と背負うその小さな後ろ姿に────あたしは意図せず目を奪われる。
なに、この……庇護欲のような、昂ぶる気持ちは────分からない。
なんとも言い表せられない、今までに感じ得なかった心理現象にあたしは戸惑ってしまう。
でも……
『……仕留めて回収する。……それだけ』
拳に力を入れて構えを取り、万全な状態を整える。
頭を切り替えなさい、あたし。
一度両手で頬を挟み込み──叩いた。
バチッ!
何ものにも遮られることなく、そんな乾いた音が辺り一帯に鳴り響く。
あたしが今すべきことは何か。
それは速やかに任務を遂行する──視野に入れていいのはこれだけよ。
今さら怖気づく理由が……どこにあるのよ。
一撃で彼女を仕留める……そのことだけを考えなさい。
想定外の出来事など、幾度となく経験してきたじゃない。
今一度両拳に力を込め、あたしは半ば無理やり自身にそう言い聞かせた。
『────!?』
刹那、あたしが彼女を認識するよりも先に──に、逃げたっ!?
なんと突然予備動作もなく、あたしと正反対の方向に走り出したのだ。
『待って──!!』
ここで取り逃がせば厄介なことになる。
最悪のケースを頭の片隅に置いておく必要がありそうね。
走る……走る、走る。
メロスじゃないけど、とにかくあたしはがむしゃらに足を前へ、前へ、前へと運ぶ。
──ってあれ…………そもそもメロスって、誰だっけ?
そして、手の届く範囲に来て、あたしは……あたしは……なぜだか、幼女の首根っこのうさ耳フードに手を伸ばし────────────
「……ん……う〜ん、うん……?」
重い瞼を上げてゆっくりとあたしは瞳を開く。
…………なんだろう。
なんだが懐かしい夢を見ていた気がする。
雨で濡れている体が妙に温かく、視界が不規則に揺れた。
前方には座席シートと見慣れた景色。
走行中の車内にいるのだとすぐに理解し、あたしは窓の外を覗いた。
まだ暗く雨が降っており、助手席と運転席にはそれぞれ高身長で全身黒ずくめの人物とサングラスをかけた人物が座っていた。
その姿は、あたしのよく見知った顔で────
「う──っ!!」
刹那、頭にズキリと激痛が走る。
その耐え難い苦痛に思わず、口から不意に声が漏れた。
イタタタ……強打しちゃった覚えは、ないんだけどな〜。
ポフッ
「んっ?」
すると隣から、小さな重力が肩に圧し掛かけられる。
「う〜ん……っ。……クぅ〜ちゃ〜ん……」
えっ、なにこの子……めちゃかわなんですけど。
キュートさにドキドキと胸の鼓動が収まらない。むしろその速さは増していく。
「……う〜ん、うん?」
「あっ。ごめんね……起こしちゃった?」
左右で髪色と髪型が違うのは、最近トレンドになってるファッション……?
「お──っ! ようやくうちのお姫様方が、お目覚めかな?」
こちらには一切振り返らずにハンドルを握りながら、車内前方のルームミラー越しに様子を見ていた運転手──サングラスの男が言った。
その声色には、安堵の色が滲み出ているのを感じ取る。
あたしは奇妙奇天烈な幼い女の子に夢中で、ここが車内だということをすっかり忘れていた。




