第21話 神の代行者
やがて2人は、最深部の研究室へと辿り着く。
そこは天井が霞むほど高く、広大なドーム状の空間だった。
照明が一切落とされたその場所で、強化ガラスによって仕切られた5つの巨大なカプセルが並んでいる。
カプセル内は液体で満たされ、そのうち中央の一箇所だけが、冷徹な電飾によって白く、残酷なまでに鮮やかに浮かび上がっていた。
「さあ、入りたまえ。これが幹部昇進を祝う、組織からの特別な『贈り物』だ」
スティーブンの促しに応じ、彼女が一歩を踏み出した時、世界は一変した。
ヴァレンタインの呼吸は凍りつき、唇から一気に血の気が引く。
「……あ、あ……嘘よ。……どうして。何故、あの子がここに……ッ!」
喉の奥からせり上がる、心臓を鷲掴みにされたような嗚咽を漏らすヴァレンタイン。
彼女の脳裏を柔らかな陽だまりのような日々の記憶が過る。
昨日まで、同じ屋根の下で笑い、温もりを分け合っていた愛おしい面影がそこにはあった。
しかし、ガラスの向こう側はもはや原形を留めていない。
透き通るような肌は粘性を持つ半流動体へと変質し、柔らかな曲線を描いていた四肢はスライム状の肉塊へと崩れかけていた。
「何を驚いているんだ?」
彼女の絶望を余所に、背後ではスティーブンが心底誇らしげに、慈愛に満ちた声で語りかける。
その眼差しには、一片の悪意すら存在しない。
彼の言葉は、一点の曇りもない「正義」に満ちていた。
それがヴァレンタインには、何よりも悍ましく感じられた。
「お前の献身的な功績を認め、組織はこの個体を『神の代行者』に選んだ。我らNSTFが誇る叡智の結晶、天罰を下す者シリーズの──第5号としてな。事前に了承を得なかったのは、お前の幹部昇進を祝うための、最高級のサプライズにしたかったんだ。⋯⋯これ以上の名誉はないだろう?」
「サプライズ……? 名誉……? 正気なの、先生!? あなたは、自分が何を言っているのか分かっているの!?」
ヴァレンタインの叫びは、冷たいコンクリートの壁に虚しく反響した。
「あの子はまだあんなに幼くて……ただの、ただの子供なのよ! それをこんな、化け物に変えるなんて!」
「化け物とは失礼な。これは進化だ、ティーナ」
スティーブンは、戦場で見せたあの冷静な面持ちで、諭すように言葉を継ぐ。
「彼女は第5号として、脆弱な『人間』という殻を脱ぎ捨てのさ。そのヌルヌルした液体の体は、あらゆる物理攻撃を無効化し、僅かな隙間さえあればどこへでも侵入可能。そして何より、標的に応じてその姿を最適化できる汎用性抜群の究極的暗殺兵器。これこそがっ! 我々が追い求めていた合衆国の平和を、恒久的に維持するための尊い犠牲だ──っ!!!!」
「ふざけないで……ふざけないでっ!!」
ヴァレンタインの絶叫が、静寂を切り裂く。
激情に駆られた彼女の体は、思考よりも先に動いていた。
腰のホルスターから引き抜いた銃口を、恩師である先生へと向けるヴァレンタイン。
「何が兵器よ、あの子は人間よ──ッ!! 今すぐ解放しなさい。さもなくば、先生……あなたを撃ちます」
殺意を込めた指がトリガーを絞ろうとした。
──バキィィィィン!!
刹那、鼓膜を劈く衝撃音が響き渡った。




