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狂氣の果て〜クルーエル・デッドエンド〜  作者: クロス
序章:It is Bonkers

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第2話 神さまはいるわ


「お母さん……ちょっといい?」


 籠いっぱいに積まれた洗濯物を一つずつ、丁寧に物干し竿にかける女性に、茶髪ショートの少女が駆け寄る。少女の手には大きな1冊の本が胸に抱えられていた。


「なあに、──ちゃん?」


 雲一つない晴天の下、緑一色の野原に心地良いそよ風が吹いた。

 草木や物干し竿にかけられた洗い立ての衣類は、その呼び掛けに反応を示し、肩まで伸ばした少女の髪をなびかせる。


「──神さまっているんでしょっ!?」

 

 少女は純粋無垢な瞳で期待のまなざしを向けていた。

 自身が一番信頼できる人物に聞いたんだ。

 自分にとって、きっといい答えが返ってくると……そう思っていたのだ────。

 本のタイトルに「神のおぼしめし」と書かれているのが女性は目に入り、

「えぇ、神さまはいるわよ。私たちのことを、お空から見守っていてくれてるわ」

「本当に……?」

「本当よ」

「本当の本当に?」

「本当の本当よ」

「そっか。やっぱり、神様っているんだねっ!!」

 期待通りの返答が少女の目をさらに輝かせた。

「でもどうしたの? そんなこと急に聞いてきて──」

「ううん、聞いてみただけっ!」

 満面の笑みでそう答える無邪気な娘に「そっかー」っと笑い、母親は娘のさらさらした手入れの行き届いた髪をくしゃりとやさしく撫でる。


「えへへ〜っ」


(……なんだろうこの気持ち……お母さんになでられると……とてもふわふわする)

 満足したのか、茶髪ショートの少女は母親から離れていった。


 …………そしてこれが、あたしに唯一残すことの許された、組織に入る前の幼少期の記憶。

 どうやら親との過去における記憶に代わるものが頭に入れられたらしいの。

 だから今後、それに再会することはもう二度とない……はずだった────

 まどろみから覚めたあたしの視界に飛び込んできたのは、温かな洗濯物の匂いではない。

 鼻を突く血生臭い匂いで満ちる、血の海と化した夜の街だった。

 ──けれど。今のあたしにとっては、この反吐が出るような血の匂いが、ひどく心地良かった。


 ─────────────────────────


 赤い霧が蔓延るアメリカの街中は、ゴロゴロと死体が積み上がり、殺気と血の気が渦巻いた終わらぬ紅き月夜が続いていた。

 そんな道端に──焼け焦げた1冊の本が転がっていた。

 そこに偶然通りかかった少女──クルクスは、視界に入ったそれを拾い上げる。

 本のタイトルは──


「……神の……おぼしめし。……懐かしいわね、でも──」

 

 焼けるような音を立てながら、彼女の手中にあった本は溶け始める。

「……思い出したくは、なかった。……あの頃のあたしは、邪神に深く酔い痴れていた」

 クルクスは逃さんとばかりに、力強く本を無意識に握っていた。

「……しゅよ。……なんじは1つだけ、重大な過ちを犯した。それは──あの子の運命みらいを、収奪しゅうだつしたことだ……っ」

 軋めいた悲鳴が上がるも、一瞬たりとも本から目を離すことなく、彼女は語りかける。

「あたしたち……いいえ。最悪あたしだけなら、まだ抑えられたものを。……愛するニナに、貴様は手を出した。あの子をよくも、よくも──こんな目に遭わせてくれたわね……っ!」

 急速に溶解が進み、炎を上げて本が燃え始めた。

「……お前は神じゃない。神を名乗る資格など、ありはしない。テメェの存在は、あたしが否定する──っ!! いつまでも天空の玉座に座ってられると──思わないことだ。そこから必ず、引き摺り下ろしてやる……っ!!」

 やがて跡形もなく本は燃え尽き、この世から抹消された。


「……しゅに愛されし少女イエスに──祝福あれ」


 両耳で揺れる十字架イヤリング、前髪を留める十字架のヘアピン。

 そして首から下げられた、冷たく光る銀色の十字架チェーンネックレスが、宙へと舞う。

 耳元、前髪、首元の、クルクスを縛っていた十字架という名の「過去の象徴」を、彼女はここで捨て去った。

 代わりにクルクスはロケットペンダントを首から下げた。


「これは……残そう──」


 組織によって背中に刻まれた、過去の産物である忌々しき爪痕──十字架のタトゥー。

 これだけ唯一、クルクスは捨てられなかった。

 彼女のそれを見る少女の瞳が、心底幸せそうにしていたのを思い出す。

 クルクスの脳裏に目を輝かせたニナニナの表情が再生された。


「お姉ちゃんが……あなたを幸せにするから──」

 

 ロケットペンダントを開き、そこに入った1枚のツーショット写真を彼女は見つめる。

 純真な笑みのニナニナに、かき回され慌てているクルクスの表情がよく写っていた。

 これは、組織メンバーのヴァレンタインが撮影した、初めて彼女が表情を露わにした瞬間の、貴重な写真であった。

 ──しばらくの後、クルクスはロケットペンダントを閉じて、そっと懐に仕舞い込む。

 もう、未練はない。

 そう決別を告げるように、彼女は一度も振り返ることなく歩き出した。


 彼女たちの共依存せいぎが世界を壊す。

 しかし、観測された結果には必ず原因が存在している。

 血に染まった街も、狂気に歪んだ精神も。

 それらは過去に刻まれた、いくつかの「選択」の延長線上に過ぎない。

 世界が壊れ始めたのは、これよりずっと前のこと──

 ここから語られるのは、彼女たちがまだ壊れきっていなかった頃のお話である。

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― 新着の感想 ―
xから見に来ました。 無垢な笑顔と血に染まる現実があまりにも鮮烈な対比で描かれ、読み始めた瞬間から胸がぎゅっと締めつけられましたが、だからこそニナニナの純粋な問いかけやささやかな日常の記憶がより切なく…
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