決戦! 天使の奇襲と高画質カメラが映す「真実」
日曜日の午後、都内某所の貸切スタジオ。
そこでは、ある「公開処刑」の準備が進められていた。
「おい、照明の位置! もっと私に当てなさいよ! レフ板も!」
『天使りりか』がスタッフを怒鳴りつけている。
「ふん、どうせ加工厨のブスが来るんでしょ。照明なんて勿体ないわ」
りりかは手鏡でメイクを確認しながら、冷たく言い放つ。
だが時計を見た瞬間、彼女の表情が一変した。
悪魔のような形相から、とびきりの「天使の笑顔」へ。
「よし、時間ね! 配信スタート!」
りりかの合図で、カメラのランプが赤く点灯する。
「みんな~! こんにちは、天使りりかだよ~!」
聖羅に伝えた予定時刻の30分前。りりかは、聖羅に無断で配信を開始していた。
これは彼女が仕掛けた、最初の罠だ。
聖羅が到着し、油断してスタジオに入ってきた瞬間――つまり、加工アプリの準備も心の準備もできていない「素のブス」を、高画質カメラで全世界に晒し上げる作戦だ。
「今日はね、あの聖羅ちゃんとのリアル対面コラボだよ! 私も実際に会ったことないからドキドキだなぁ。みんなも、聖羅ちゃんの『ありのままの姿』を見るのは初めてだもんね? ウチのスタジオの超高画質カメラで、た~っぷりお届けしちゃうから、楽しみにしててね♡」
カメラに向かって煽るような笑顔を向ける。
照明の罠は完璧だ。りりかの席には美肌に見せる強力な「女優ライト」が集中し、対照的にゲストが座る席は、顔に影が落ちるよう薄暗くセッティングされている。
そして何より、聖羅が入ってくる「入り口」には、ドアを開けた瞬間の無防備な姿を容赦なく暴き出すため、撮影用とは思えないほどの強烈なスポットライトが向けられていた。
カメラマン田所は、指示通りに入り口へレンズを向けて待機している。
(……性格わりぃな)
田所は心の中で毒づくが、手は止めない。彼がこの「処刑」の片棒を担ぐのは、これが初めてではないからだ。
これまでも、りりかの地位を脅かしそうな新人が現れるたび、こうしてスタジオに呼び出し、悪意ある照明とカメラアングルの暴力で「加工の化けの皮」を剥がしてきた。
泣いて帰った女は何人もいる。
だが、田所には同情こそあれど、止める義理はない。
これは仕事だ。それに、この業界に長くいる彼にとって、「ネットの美女=加工と厚化粧の産物」というのは揺るぎない真実だった。
実は田所も、予習がてら昨夜の聖羅の配信を見ていた。
「路地裏でさえないおっさんを助けた」という目撃証言の通話。田所はそれを鼻で笑って聞いていた。よくできた脚本だ、サクラの演技も上手い、と。
そんなネットの中の幻想を、現実という暴力で暴く。
ある意味では、カメラマンとしての真実の追求かもしれない――などと、自分への言い訳もとっくに済ませている。
田所はモニターを確認する。
どうせ今回入ってくるのも、厚化粧かマスクで顔を隠したパッとしない女だろう。その醜態を、あの殺人光線のようなライトを浴びせて撮れというのが、今回のオーダーだ。
「あ、到着したみたい! みんな、拍手でお出迎えしてね~!」
カチャリ、と重い防音扉のロックが外れる音がした。
りりかがカメラに映らない角度で、意地悪く口角を吊り上げる。
ついに地獄の釜の蓋が開く。
ゆっくりと扉が開く。
コツ、コツ、とヒールの音が響き、その人物が現れた瞬間。
スタジオの空気が、止まった。
「はじめまして。聖羅です。……あれ? もう始まってるんですか?」
鈴を転がすような声と共に現れたのは、光そのものだった。
質素な白いワンピースなのに、そこだけ解像度が違うかのように輝いている。
神が手ずから丹念に彫り上げたような完璧な造形でありながら、そこには圧倒的な「生」が宿っていた。
透き通るような白い肌には、ほんのりと桜色の血色が透け、濡れたような瞳が瑞々しく輝いている。
ただ綺麗なだけの人形とは違う。触れれば熱く、柔らかいであろうことが一目で分かる、生命力に満ちた美貌。
加工? 照明? そんな次元じゃない。素材のレベルが、人類の限界を突破している。
「……え?」
田所は、持っていたカメラを取り落としそうになった。
昨日の通話は、仕込みじゃなかった。
本物だ。本物の「聖女」が、ファインダーの向こうにいた。
大型モニターに表示されたコメント欄が、一瞬で爆発する。
『うおおおおおおおお!?』
『ガチの美少女来たあああああ!』
『え、これ無加工!? ヤバすぎんだろ!』
『りりかの公開処刑が始まったな(本人の)』
「っ……あ……」
マネージャーの男も、口を半開きにして聖羅を凝視している。
その視線には、明らかな「欲情」が混じっていた。
りりかだけが、引きつった笑顔のまま凍りついている。
不意打ちを食らったのは、彼女の方だった。
「あ……はじめましてぇ……。そ、そうなの、ごめんね! 待ちきれなくて始めちゃったの!(なんで!? なんで加工してないのにこんな!?)」
りりかはプロ根性で動揺を押し隠し、表面上は「仲良しコラボ」を演じ始めた。
「こっち来て座って~! 可愛いね~♡」
だが、二人が並んだ瞬間、画面上の残酷な差は歴然となった。
りりかは強力なライトで白飛びし、不自然にのっぺりしている。対する俺(聖羅)は、悪い照明条件などものともせず、むしろその陰影が「儚げな美しさ」を際立たせていた。
コメント欄の『聖羅ちゃん優勝』『りりか化粧濃すぎ』という反応に焦ったりりかは、すぐさま次の手を打った。
「ねえ聖羅ちゃん、お肌すっごく綺麗だね! どこのファンデーション使ってるの? 結構カバー力ありそうだけど~?」
褒めるフリをして、「厚塗り」だと視聴者に刷り込む作戦だ。
俺はきょとんとした顔を作り、カメラを見つめ返した。
「えっ? ファンデーション……ですか? 私、お化粧の仕方よくわからなくて……今日は化粧水しかつけてないんです」
その言葉と共に、俺はカメラマンに流し目を送った。
【スキル「魅了」発動】
レンズ越しに目が合った瞬間、田所の心臓がドクンと疼いた。
(もっと見たい。この奇跡のような肌を、もっと近くで撮りたい……!)
プロとしての理性が、本能に塗りつぶされていく。
田所は無意識にズームレバーを操作し、吸い寄せられるように聖羅の顔をアップにした。
高画質の4Kカメラが捉えたのは、毛穴ひとつない陶器のような素肌。
そして――あまりにアップにしすぎたせいで、隣でひきつった笑みを浮かべるりりかの顔も、画面の端に見切れてしまった。
その対比は、あまりに残酷だった。
聖羅の肌が「ゆで卵」なら、りりかの肌は「ひび割れたコンクリート」だ。
強力なライトの熱で溶け出したファンデーションが毛穴に落ち込み、厚塗りの粉っぽさが4K画質で鮮明に暴かれている。
『うわっ、グロ』
『聖羅ちゃん毛穴ゼロすぎワロタ』
『横のりりか、塗装剥げかけてて草』
『対比が公開処刑すぎて見てらんない』
モニターに流れるコメントをチラリと見て、俺は内心でほくそ笑んだ。
りりかの顔が引きつり、顔面蒼白になっている。すっぴんだと? ふざけるな、そんなわけがない――そんな声が聞こえてきそうだ。
俺は畳み掛けるように、スタジオの隅にいるマネージャーにも視線を送った。
男はゴクリと唾を飲み込み、りりかの指示出しカンペを持ったまま、俺に見惚れて棒立ちになっている。
スタッフも、視聴者も、全員が俺の虜。
このままでは自分の場所が奪われる。りりかの中で、どす黒い殺意が弾けた。
(嘘つき女め……! その化けの皮、私が剥がしてやる!)
追い詰められたりりかは、用意していた「罠」の発動を急いだ。
「あ、そうだ聖羅ちゃん! 喉乾いたでしょ? ジュースどうぞ♡」
りりかが炭酸水の入ったグラスを渡そうとして――わざとらしく手を滑らせた。




