天使の罠と、路地裏の真実
『天使りりか』からのコラボの誘いを受けてから数日。
俺は彼女のマネージャーと名乗る人物と事務的なやり取りを重ねていた。
日時の調整、企画内容の確認。外堀は完全に埋まった。
もう、配信者としての仁義上、ドタキャンは不可能な段階だ。
そして、そのタイミングを見計らったように、りりか本人からメッセージが届いた。
『言い忘れてたけど、今回は「リアル対面」でのコラボだから!
都内のスタジオ借りたから、そこで会おうね♡
まさか、来れない……なんてこと、ないよね?』
俺はスマホの画面を見て、思わず吹き出した。
なるほど、そう来たか。
散々話を詰めて逃げられなくしてから、後出しで「リアル」を突きつける。
俺が加工アプリやマスクで顔を隠している「偽物」だと踏んで、高画質カメラの前で晒し者にする気だ。あるいは、ビビってキャンセルすれば「聖羅ちゃんに逃げられた」と吹聴して潰すつもりだろう。
(残念だったな、りりか)
俺はスマホの黒い画面に映る、自分の顔を見つめた。
加工なんて必要ない。
少し口角を上げるだけで、誰もが卒倒するほどの可憐さだ。
今の俺は細胞レベルで作り変えられた本物の怪物。
お前の想像する「リアル社会に顔を出せないブス」ではない。
『もちろん! 楽しみにしています♡』
迷わず送信。
現物の俺の姿を見て驚く姿が目に浮かぶぜ。
◇
その日の午後。
俺は「聖羅」の姿で、気晴らしに街を歩いていた。
最近はコンビニバイト以外でも、こうして外に出ることが増えた。
視線を集める快感もあるが、単純にこの身体で歩くのが楽しいのだ。
繁華街の路地裏に差し掛かった時、ヒステリックな女の声が聞こえた。
「はぁ? どこ見て歩いてんだよジジイ! キモいんだよ!」
「服に触れたんだけど! 弁償しろよ!」
派手なメイクをした若い女二人組が、背の低い中年男性を取り囲んでいた。
男性は安物のスーツを着て、小さくなりながら「す、すみません、すみません」と頭を下げ続けている。
おそらく、少し肩が当たったとか、そんな些細なことだろう。
だが、女たちは相手が反撃してこない「弱者」だと見て、ストレス発散のように罵詈雑言を浴びせている。
(……ああ、嫌なもんを見たな)
あれは、かつての俺だ。
若くて綺麗な女というだけで「強者」になり、俺のような冴えないおっさんは存在しているだけで「害悪」扱いされる。
無視して通り過ぎることもできた。だが、俺の足は勝手に動いていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
俺は身体を斜めに滑り込ませ、女たちとおっさんの間に割って入った。
自分より背の高い女たちを、下から少し覗き込むように見上げる。
威圧するのではなく、あくまで控えめに。
「あ? なんだあんた……っ」
食って掛かろうと振り返った女たちが、俺の顔を見た瞬間に絶句する。
圧倒的な「美」の前では、半端な自尊心など消し飛ぶのだ。
さっきまでのヒステリックな毒気が、彼女たちの顔から嘘のように抜けていくのが見て取れた。
俺は魅了スキルを乗せた瞳で、彼女たちを静かに見つめる。
「おじさん、謝ってるじゃないですか。それ以上いじめると……それに、周りの人も見てますよ?」
ニッコリと微笑むが、目は笑っていない。
女たちは気まずそうに視線を泳がせ、「……チッ、行こ」と、捨て台詞を吐いて逃げるように去っていった。
残されたおっさんは、呆然と立ち尽くしている。
俺はハンカチを取り出し、脂汗の浮いたおっさんの額をそっと拭ってやった。
「災難でしたね。……お怪我はないですか?」
「あ、あぁ……ありがとう、ございます……。こんな、汚いおっさんに……」
おっさんが涙目で俺を拝むように見ている。
俺は後で飲もうとコンビニで買っておいた缶コーヒーをおっさんに差し出した。
「はい。お仕事、頑張ってくださいね。……応援してますから」
突然目の前に出されたコーヒー。
一瞬わけがわからないという表情で、おっさんの視線が俺の顔とコーヒーを何度か往復する。
まさか自分のような人間に、こんな美少女が施しをしてくれるはずがない――そんな卑屈な思いが見て取れる。
だが、俺が笑顔を崩さずにいると、彼はそれが自分に向けられたものだということにようやく気付き、おずおずと手を伸ばしてきた。
おっさんが震える手でコーヒーを受け取ろうとした瞬間、俺は空いている左手を、横からそっと彼の手に添えた。
缶を渡す右手と、支えるような左手。
俺の両手で、おっさんの震える手をサンドイッチにする。
柔らかく、温かい感触。
このほんの少しの接触が、孤独な男の心をどれほど激しく揺さぶるか、俺は知っている。
(なんの偶然か、この「強者」の身体を手に入れた俺としては、こうやって「持たざる者」に与えることが必要なんじゃないかな? ……初心忘れるべからずってことだ)
せっかく最高の身体を手に入れたんだ。
害意のない虐げられているおっさんくらい、幸せな夢を見せてやったってバチは当たらないだろう。
俺の手のぬくもりに、おっさんは感極まったように口元を震わせ、うっすらと涙さえ浮かべながら何度も何度も頭を下げた。
俺はもう一度微笑みかけ、その場を離れた。
◇
その夜の配信。
俺は自宅のデスクに座り、ハイスペックPCのモニターに向き合っていた。
以前はスマホ一台で済ませていたが、今は高画質カメラと照明、コンデンサーマイクを完備した完全な配信環境だ。
もちろん、分割払いなんかじゃない。「聖羅」として顔出しした後、プロフィールの『欲しいものリスト』にこれらを入れておいたら、翌日にはすべて届いていたのだ。
それをなんとか調べながら設定し、ついに今夜PCでの初配信となった。
画面には、完璧な「聖羅」の顔が映し出されている。
今日はこのハイスペックPCのお礼とお披露目記念も兼ねて、新しい企画を試すことにしていた。
「今日は新コーナー! 『聖羅と3分間お電話』のコーナーですっ!」
聖羅の独断で選んだリスナー一人と、配信アプリの通話機能を使って直接話すという企画だ。
コメント欄は『当ててくれ!』『課金するから!』と阿鼻叫喚だ。
滝のように流れる文字の列。その中で、俺の目を一瞬引いたコメントがあった。
『ほんとうに、ほんとうに今日話したいことがあります。お願いします!』
漢字変換する余裕すらないほどの、必死な訴え。
今日話したい……その切羽詰まった様子が、妙に気になった。
俺はマウスを操作し、そのIDをクリックした。
「じゃあ……この人! もしもし、こんばんは~」
『あ、あ、あ……! もしもし!? 聖羅ちゃん!? うわああ本物だ!』
繋がったのは、興奮気味の男性リスナー。
俺はカメラに向かって、満面の笑顔で対応する。
「ふふ、落ち着いて。今日はどんなお話してくれるの?」
『あのっ、俺、今日見たんです! 昼間、繁華街の裏で!』
俺の心臓が少し跳ねた。
まさか、昼間のあれか?
『聖羅ちゃんですよね!? 若い女に絡まれてるサラリーマンのおじさんを助けてたの! 俺、遠くから見てて震えました!』
男性は興奮のあまり、早口でまくし立てる。
『正直……俺、聖羅ちゃんのこと疑ってたんです。こんなに可愛いのは、最新の加工アプリかCGなんじゃないかって。画面の中だけの存在だって』
その言葉に、コメント欄が一瞬静まる。それは、多くの視聴者が抱いていた密かな疑念でもあったからだ。
『でも、違った! 聖羅ちゃんは現実にいたんです! 加工なんてレベルじゃない、圧倒的なオーラでした! あんな冴えないおっさんに、自分のハンカチで汗を拭いてあげて、優しく手を握ってあげて……! あのおじさん、泣いてましたよ! ……まるで女神みたいで……俺、腰抜けちゃって声かけられなくて……!』
熱のこもった証言。
「実在する」という事実と、「裏表のない聖女」という証明。
それが、第三者の口から、しかも「加工を疑っていた人間」の口から語られたことの意味は大きい。
コメント欄がピタリと止まり、次の瞬間、爆発した。
『マジかよ』『加工じゃなかったのか!』『リアル聖女確定』『疑っててごめん』『尊すぎて泣いた』。
俺は一瞬言葉に詰まったふりをして、困ったように笑った。
「あはは……見られちゃってたんだ。恥ずかしいな」
肯定も否定もしない。だが、その反応こそが真実の証明だ。
俺が自ら語った武勇伝ではない。
俺の「勘」が引き当てたリスナーが勝手に目撃し、勝手に拡散してくれた「真実」。
これ以上のプロモーションはない。
『俺、感動しました! やっぱ聖羅ちゃんは中身も天使だ! 一生ついていきます!』
「ありがとう。でもね……」
俺は少し声を落とし、優しく諭すように言った。
「あんまり詳しい場所は言わないでね? もしみんなが集まっちゃったら、あのおじさんが怖がっちゃうかもしれないから。……私との約束だよ?」
『は、はい! すみません! 一生秘密にします!』
通話が切れる。
画面の向こうで、俺への信仰度が限界突破していくのが分かる。
特に、この配信を見ている「冴えない男たち」にとって、今のエピソードは心臓を鷲掴みにされるような衝撃だったはずだ。
「聖羅ちゃんだけは、本物だ。俺たち(おっさん)の味方なんだ」という確信。
この空気があれば、りりかが「リアル対面」で俺を潰そうとしても、逆に返り討ちにできる。
俺は「加工」じゃないからだ。
これで、準備は万端だ。
俺には、リアルでの「美貌」と、ネットでの「狂信者たち」がいる。
りりか。お前がどんな罠を仕掛けてこようと、今の俺は無敵だ。
週末。決戦の日が来る。
◇ ◇ ◇
【リアル聖女】聖羅の目撃情報について語るスレ【実在確定】
25 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:30:00
今日の通話コーナーやばかったな
ギャルに詰められてる弱そうなおっさん助けたとか、ガチ聖女すぎて泣いた
26 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:31:15
>>25
でもさ、ちょっと出来すぎじゃね?
数千あるコメントの中から、ピンポイントで目撃者選ぶとか無理だろ
仕込み(サクラ)疑うわ
27 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:33:40
>>26
これ
「今日話したい」ってコメだけで選んだんだろ?
偶然にしては神がかりすぎてる
運営が裏で糸引いてる説
28 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:35:22
は? 疑う奴はアーカイブ見直してこいよ
あの電話の男の声、マジで震えてたぞ
演技であんな声出せるかよ
29 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:38:00
俺も最初は疑ってたけど、聖羅ちゃんの「おじさんが怖がっちゃうから場所は秘密」って配慮聞いて信じたわ
あんな優しい嘘つける子が、自作自演なんてするわけない(洗脳済)
30 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:40:55
まあ仕込みだろうが何だろうが、実在は確定したな
りりかの配信で言ってたけど、今週末に「リアル対面コラボ」やるらしいぞ
そこで白黒つくだろ
31 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:42:10
>>30
は? お前なんであっち(敵)の配信見てんの?
スパイかよ、失せろ
32 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(土) 22:43:00
>>31
偵察だよ偵察
向こうは「聖羅ちゃんが逃げないか心配~」とか煽り散らかしてたぞ
マジで一回潰したほうがいいなあの女




