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底辺おっさん、配信アプリで「TS聖女」に進化する ~最強の美貌で配信界の天使をざまぁします~【全11話完結済】  作者: duckman


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6/11

狂乱の天使と、震える膝の聖女

 その日の深夜。

 都内某所の高級マンションで、通知を知らせる電子音が警報のように鳴り響いていた。


「ふざけんな! なんでこの私が、こんなポッと出の素人に負けなきゃいけないのよ!」

 止まらない通知に苛立った『天使りりか』こと、神崎莉里花かんざき りりかは、最新のスマホを壁に投げつけた。

 画面がひび割れ、無惨な姿になる。


 部屋には、怯えた様子のマネージャー兼彼氏の男が縮こまっている。


「おい、例の件どうなったのよ! 『聖羅』の身元! 住所!」

「そ、それが……アプリのセキュリティが固くて、登録情報はどうしても引き出せなくて……」

「使えないわね! ……まぁ、いい。手はあるわ」


 りりかは歪んだ笑みを浮かべ、予備のスマホを取り出した。

 それは、彼女が汚れ仕事をさせるためだけに育て上げた……狂信的な「兵隊」たちを飼う裏アカウント専用の端末だ。


「バイト先のタレコミは裏が取れてるのよ……。潰れろ」

 彼女は手慣れた手つきで、とある掲示板に書き込みを行う。


 『聖羅のバイト先、特定しました。○○駅前のコンビニです』

 放たれた情報は、飢えた獣の群れに肉を投げ込むようなものだ。


「潰れろ。物理的に、社会的に、死んでしまえ」


 ◇


 翌日の昼下がり。

 俺はバイトに向かう前に、駅前のショッピングモールに立ち寄っていた。


 今の俺――聖羅の姿になってから、困ったことが一つある。

 着る服がないのだ。

 おっさん時代のヨレヨレのシャツやトランクスを、この華奢な身体に着せるわけにはいかない。


「……へぇ、今はこんなのが流行ってるのか」

 レディースファッションのフロアを歩く。

 以前なら不審者扱いされて通報案件だった場所も、今の俺なら堂々と歩ける。

 鏡の前でワンピースを合わせるだけで、店員が飛んできて「すごくお似合いです!」と絶賛してくれる。


 悪くない気分だ。

 だが、問題はその先。

 俺は意を決して、フロアの奥にあるコーナーへと足を踏み入れた。


 ――ランジェリーショップ。

 男にとっての聖域であり、絶対不可侵領域。

 視界いっぱいに広がるレース、フリル、そして面積の少ない布切れの数々。


(……マジかよ。俺がこれを買うのか?)

 俺の中の「おっさん」が、羞恥心で悲鳴を上げる。

 だが、現実問題としてノーブラで過ごすわけにはいかない。

 俺は震える手で、棚に並んだブラジャーを手に取った。


「お客様、採寸いたしましょうか?」

「ひゃっ!?」


 背後から店員に声をかけられ、俺は変な声を出して飛び上がった。

 店員は俺の顔を見て、少し驚いたように頬を染める。


「あ……ごめんなさい、あまりに可愛らしい方だったので、つい」

「い、いえ……あの、お願いします」


 されるがままにフィッティングルームに連れ込まれる。

 メジャーで胸囲を測られ、店員に「お肌、すごく綺麗ですね……」と溜息交じりに言われるたび、背筋がゾクゾクした。

 鏡に映る自分は、純白のレースに包まれた、正真正銘の美少女だ。


(……なんだこれ。興奮してるのか、俺?)

 男の視線で見れば「最高のエロ」だが、当事者としては「奇妙な倒錯感」がある。

 俺は自分の身体を見つめながら、これから始まる「女としての人生」の深淵を覗き込んだ気がした。


 ◇


 買い物を終え、新品の下着を身に着けた俺は、妙に浮ついた気分のままコンビニへと向かった。

 だが、そこで待ち受けていたのは、甘い日常などではなかった。


 俺が働くコンビニに、明らかに異質な男が現れた。

 全身黒ずくめ、目深に被った帽子。

 客足が途絶え、店内に俺一人になった瞬間、男はレジへと突進してきた。


「おい、テメェが聖羅か……!」

 男がポケットから取り出したのは、刃渡り10センチほどのカッターナイフだった。

 銀色の刃が、鈍く光る。


「ひっ……!?」

 俺の喉から、情けない悲鳴が漏れた。

 頭が真っ白になる。


 身体は美少女になっても、中身は喧嘩ひとつしたことのない、小心者のおっさんのままだ。

 怖い。刃物が怖い。死ぬ。


「りりかちゃんを泣かせた罰だ! その顔、ズタズタにしてやるよ!」


 男がカウンターを乗り越えてくる。

 恐怖で足がもつれた俺は、無様に尻餅をついた。

 その拍子に、制服のスカートが大きくめくれ上がる。


「あっ……!」

 露わになったのは、さっき買ったばかりの純白のレースの下着。

 男の血走った目が、一瞬だけ俺の股間に釘付けになる。


「へぇ……聖女サマだけあって、いいもん履いてんじゃねえか」

 殺意に満ちていた男の目に、ねっとりとした欲情の色が混じる。

 その視線に晒された瞬間、俺の背筋を焼けるような羞恥が駆け抜けた。

 中身はおっさんのはずなのに、身体が「女」として反応し、震えが止まらない。


(見られた……! こんな男に、俺の……!)

 怖い。刃物が怖い。そして、女として陵辱されるかもしれないという予感が、死ぬほど怖い。

「いい声で鳴きそうだな……」

 男が舌なめずりをして、カッターを振り上げる。


 殺される。せっかく人生やり直せると思ったのに、こんなところで終わるのか?

(嫌だ、嫌だ、死にたくない……!)


 極限の恐怖の中で、俺はすがるように思い出した。

 ――そうだ、スキル。

 昨日手に入れた、「催眠音声ヒプノボイス」。


 効くのか? こんな興奮した男に。

 分からない。でも、やるしかない。


「や、やめ……」


 声が震える。

 俺はカウンターの隅に追い詰められ、涙目で叫んだ。


「――止まれ!!」


 【スキル「催眠音声ヒプノボイス」発動】


 空気が、ビリリと震えた気がした。

 振り上げられたカッターが、俺の目の前、数センチのところでピタリと静止する。


「……あ?」

 男の目が、焦点あわず宙を泳ぐ。

 まるで電池が切れたロボットのように、その場に棒立ちになった。


「はぁ……はぁ……、と、止まった……?」

 俺は心臓を早鐘のように打たせながら、恐る恐る男の顔を覗き込んだ。

 意識がない? いや、起きている。

 俺の言葉コマンドに従って、「止まって」いるのだ。


(すげぇ……マジかよ……)

 恐怖が少し引き、代わりにじわじわと、背筋が粟立つような興奮が湧いてくる。

 俺の一言で、こいつは止まった。

 なら、「他のこと」もできるのか?

 俺は震える声で、試すように呟いた。


「……カッターを、捨てろ」

 カシャン。

 乾いた音がして、カッターが床に落ちた。

 男は抵抗しない。


「……う、うわぁ……」

 本当に、何でも言うことを聞くのか。

 俺は安堵で、へなへなとその場に座り込みそうになった。

 だが、ここで終わらせてはいけない。こいつをこのまま返したら、また襲ってくるかもしれない。


 俺は警戒しつつ男に囁いた。まだ声は震えているが、スキルは乗っている。

「……お前、りりかのファンなんだろ? りりかのために、こんなことしたんだろ?」

「あ……りりか、ちゃん……」

「そうだよな。……でも、もういいよ。家に帰って、りりかのグッズを全部捨てなよ。あいつのことは、もう忘れろ」


 男の目が、濁った色に変わる。

 洗脳された脳が、俺の言葉を過剰に解釈し始める。


「……捨てる。……燃やす。……殺す……」

 男の口から漏れた不穏な単語に、俺はギョッとした。


「おい、待て。殺すのはナシだ」

 慌てて訂正する。

 俺はりりかにムカついているし、ざまぁみろとは思っているが、死んでほしいとまでは思っていない。あくまで配信者の目標として、りりかを超える存在になりたいだけだ。

 それに、こんな狂信者をけしかけて殺させたら、俺の寝覚めが悪い。


「ただ、ファンを辞めるだけでいい。……分かったな?」

「……あぁ……辞める……」

「よし。……行け」

 男はゆらりと踵を返し、夢遊病者のように店を出て行った。


 自動ドアが閉まる音がして、俺はガクガクと震える足で、その場に崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」

 冷や汗で背中がびっしょりだ。

 だが、俺は生き残った。

 そして、手に入れた力の恐ろしさを、身を持って知った。


 その時、スマホが震えた。

 タイミングを見計らったかのように、おそらく元凶からの通知。


『はじめまして、聖羅ちゃん! 天使りりかです♡』

 DMの内容は、「仲直りコラボ」の誘い。


(……こいつか。こいつが仕掛けたのか)

 さっきの男の襲撃と、このタイミング。偶然にしては出来すぎている。

 恐怖が怒りに変わり、そして冷たい決意へと変わっていく。

 俺を殺そうとしたり、配信者生命を終わらせようとするなら、こっちにも考えがある。

 俺はまだ震える指で、返信を打った。


『喜んでお受けします! お話できるのが楽しみです♡』

 送信完了。

 すぐに既読がつき、短い返信が返ってくる。


『わぁ、嬉しい! じゃあ詳細はマネージャーから送らせるね! 楽しみにしてる♡』

 文面は踊っているが、その裏にあるどす黒い悪意は透けて見える。

 きっと向こうは、俺を罠に嵌めたと思って笑っているに違いない。


(いいだろう。その喧嘩、買ってやるよ)

 俺はスマホの黒い画面に映る、自分の顔を見つめた。

 恐怖で引きつってはいるが、そこにあるのは完璧な美少女の顔だ。

 今の俺には、この「美貌」と、人心を操る「声」がある。


 俺はまだ震える膝を叩き、ゆっくりと立ち上がった。

 トップ配信者で余裕をかましているのも今のうちだけだ。

 俺が、あの女から「全て」を奪い取ってやる。


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