指先の熱と、捨てられた男たちの楽園
その日、俺はいつものようにコンビニのレジに立っていた。
だが、世界は明らかに昨日と違っていた。
「いらっしゃいませ。温めますか?」
何気なく発した俺の声に、目の前の女子高生がビクリと肩を震わせた。
彼女はスマホから顔を上げ、まじまじと俺の顔を見る。
マスク越しだが、今の俺はかつての「小汚いおっさん」ではない。
昨夜、あの後登録者が100人を超えたことで手に入れた報酬『骨格矯正』。それによって猫背は矯正され、身長も足が15センチほど伸びた。脂肪に埋もれていた顎のラインもシャープになり、淀んでいた瞳には力が宿っている。
「あ、はい……お願いします……」
女子高生が頬を赤らめ、お釣りを渡す俺の手に触れないように――ではなく、意識するように指先を触れさせてきた。
熱く、湿った指先の感触。
今までは「汚物」を見るような目で、あからさまに手を避けていたくせに。
現金なものだ。中身は変わっていないのに、ガワが変わるだけで世界はこうも優しくなる。
(くだらねぇ。けど……悪くない気分だ)
俺は心の中で嘲笑いながら、指先に残る感触を反芻して高揚していた。
バイト終わり、俺はスマホを取り出す。
登録者数は、順調に増えて「180人」。
だが、このペースでは遅い。1,000人の「性転換(TS)」まで届くかどうかも分からない。
配信者が大量に蔓延るこの世の中、今いる奴がずっといる保証はどこにもない。
もっと効率よく、大量の人間を釣る餌が必要だ。
俺は『天使りりか』の配信通知をタップした。
◇
『みんな~! 今日は記念すべき10万人突破記念配信だよ~!』
画面の中で、天使りりかが嬌声を上げている。
ピンク髪のボブカット、あざとい猫耳パーカー。
コメント欄は「おめでとう!」「天使!」「一生ついていく!」の嵐だ。
だが、俺の目は、その熱狂の裏側に潜む「澱」を見逃さなかった。
滝のように流れるコメントの中に、時折混じる不満の声。
『最近、古参コメ拾わなくなったな』
『スパッチャ読み上げ雑すぎない?』
『金の話ばっかだな最近』
10万人という規模になれば、必ず歪みが出る。
初期から支えてきた「古参」は、新規ファンに埋もれて疎外感を抱き、金のない「弱者」は、高額スパッチャ勢に嫉妬する。
りりかは、そのケアを怠っている。調子に乗っている証拠だ。
(そこだ。その隙間にこそ俺の勝機がある)
俺は別のアカウント――配信者としての俺のアカウント『Ken』で、りりかの配信にコメントを打ち込んだ。
アンチコメントではない。もっと粘着質で、痛いところを突く「嘆き」だ。
『りりかちゃん、10万人おめでとう。昔から応援してたけど遠くに行っちゃったみたいで寂しいな。俺みたいな金のない古参はもう用済みかな』
いわゆる「後方彼氏面」の厄介オタクを装ったコメント。
これに反応したのは、りりかではなく同じように寂しさを抱えていた視聴者たちだった。
『それな。最近遠いよな』
『わかる。昔のまったり配信が懐かしい』
俺のコメントに、共感のレスがついた瞬間だった。
【メッセージが削除されました】
りりかのモデレーター(管理スタッフ)が、俺のコメントを消したのだ。
「水を差すな」ということだろう。
だが、それが俺の狙い通りだった。
俺はすかさず、追撃のコメントを打つ。
『……言いたいことも言えないのか。俺と同じように息苦しさを感じてる奴、よかったら俺のプロフのURLから来てくれ。そこは俺たちの掃き溜めだ』
URLを直接貼るとNGワードで弾かれるため、プロフィールへの誘導を行う。
このコメントも、数秒で削除された。
さらに、俺のアカウントは即座にブロック(BAN)された。
だが、その「数秒」で十分だった。
不満を持っていた視聴者たちにとって、今の削除劇は「運営による言論弾圧」に見えたはずだ。
彼らの怒りと好奇心が、俺のページへと流れてくる。
俺の配信アプリの通知が、けたたましく鳴り響いた。
【新規登録者が増えました】
【新規登録者が増えました】
りりかの配信から弾き出された、「傷ついた男たち」だ。
俺はすぐに自分の配信枠を立てた。
カメラは首から上だけを映し、顔にはドンキで買った不気味なピエロのマスクをつけている。
タイトルは『推しに捨てられた男たちの、避難所』。
「ようこそ。……辛かったな。お前たちの声、あそこじゃ届かないもんな」
マイクに向かって、手に入れたイケボで優しく、深く語りかける。
りりかの配信では無視され、削除された彼らの想いを、俺は一つ一つ丁寧に拾い上げる。
「金がないとファンじゃないのか? 違うだろ。お前たちが支えてきたから、あいつは大きくなれたんだ」
「排除されたお前たちの居場所は、ここにある」
俺は決してりりかを直接批判しない。
ただ、「俺たちは被害者だ」「俺だけがお前たちの理解者だ」という共感を演出し、彼らの不満を肯定するだけだ。
男というのは、一度心を許した同性の「理解者」には、とことん依存する生き物だ。
『Kenさんだけだよ、分かってくれるのは』
『ここの配信、居心地いいな』
『りりかの配信見るのやめて、こっちに来た』
みるみるうちに、同接数が増えていく。
100人、200人、300人……。
りりかの10万人には遠く及ばないが、ここにあるのは「熱狂」ではなく、もっとドス黒く熱い「共依存」だ。
その時、俺の身体にまた熱が走った。
【登録者数:500人 達成】
【報酬「細胞若返り」がアンロックされました】
500人。
りりかのアンチ予備軍を吸収しただけで、一気に跳ね上がった。
俺は配信をつないだまま、マイクをミュートにして激痛に耐えた。
全身の毛穴から、ヘドロのような汗が噴き出す。
体に激痛が走り、体の細胞が全て書き換えられている様な錯覚に陥る。
数分後、痛みが引いた時、俺の服はぶかぶかになっていた。
脂肪除去で減っていた腹はさらに引き締まり、腕には適度な筋肉がついている。
肌は陶器のように白く、加齢臭は完全に消え失せ、甘い体臭が漂い始めていた。
(……すげぇ)
マスクの下の素顔までは見えないが、身体つきは完全に「20代のイケメン」のそれだ。
すでに「声」「骨格」「肉体」は手に入れた。
だが、まだ足りない。
これだけでは、あの「天使りりか」を地獄に叩き落とすことはできない。
ただのイケメン配信者になったところで、所詮は男。りりかの囲いたちを奪い取るほどの求心力はない。
元々底辺から抜け出したいと思っていたので、20代のイケメンの見た目になるだけで勝利だと断言できる。若返る前ですら、コンビニでの女子高生の態度から見てそれを証明している。
しかし、なぜか俺はあの『天使りりか』に勝ちたいという欲求が膨れ上がっていた。なぜかは分からないが……
俺はアプリの報酬リストを確認した。
【Next:登録者数 1,000人】
【報酬:性転換(TS)& 初級魅了スキル】
(……これだ)
俺の目が、欲望でぎらりと光る。
性転換。俺が「女」になる。
それも、ただの女じゃない。「魅了」のスキルを持った、魔性の女に。
今の視聴者たちは、俺のことを「男の気持ちが分かる、頼れる兄貴分」だと思っている。
もし、その「兄貴分」の正体が実は「自分たちの理想を具現化したような美少女」だったと知ったら?
――実は、ボイスチェンジャーを使って男の振りをしていたの。
――女だってバレると、りりかちゃんみたいに、皆に遠く感じられちゃうと思ったから。
――でも本当は、貴方たちにありのままの私を見てほしい……。
そんな嘘をついて、マスクを外したら?
想像するだけで、ゾクゾクするような快感が背筋を駆け上がった。
依存は崇拝に変わり、彼らは俺の「信者」になるだろう。
「ふふっ……待ってろよ、りりか」
俺はミュートを解除し、生まれ変わった肉体から響く、さらに艶の増した声で囁いた。
「みんな、今日はありがとう。……登録者が1000人を超えたら、俺の『本当の姿』を見せようと思うんだ。きっと、みんな驚くと思うよ」
コメント欄が『顔出し!?』『絶対イケメンだろ』と色めき立つ。
ああ、驚くだろうな。
お前たちの目の前に現れるのは、お前たちが夢見た以上の「聖女」なのだから。
俺はピエロの仮面の下で、醜く、しかし歓喜に満ちた笑顔を浮かべた。
◇ ◇ ◇
【期待の新人】Kenの配信について語るスレ Part5【顔出し予告】
152 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(月) 02:15:00
おい聞いたか?
1000人いったら「本当の姿」見せるってよ!
153 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(月) 02:15:45
マジか
あのブカブカのピエロマスクのせいで輪郭すら分からんけど、絶対イケメンだって
隠してるのが逆に怪しいわ
154 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(月) 02:17:10
>>153
ハードル上げすぎんなよw
でも雰囲気はマジで変わった
最初は枯れたおっさんって感じだったのに、今は色気がヤバい
155 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(月) 02:20:22
俺、登録者2桁時代からの古参だけど
遠くに行っちゃうみたいでちょっと寂しいわ
まあ、全力で拡散するけどな
156 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(月) 02:23:05
>>155
2桁って3日前だろw
でもわかる、Kenは俺たちの代弁者だからな
りりかのとこの信者にも教えてやりたいわ
157 名無しさん@配信中:202X/XX/XX(月) 02:25:00
とりあえず1000人は余裕だろ
全裸待機しとくわ
伝説の始まりが見れるかもしれん




