第9話 それでも、俺は治療師だ
王子の治療棟に、夜が訪れた。
蝋燭の灯りだけが、静かに揺れている。
外では、治療師団が交代で見張りに立っていた。
――信用されていない。
当然だ。
(……三日か)
短い。
だが、無意味に延ばしても意味はない。
俺は、王子の循環をもう一度“視る”。
溶ける経絡。
修復されるそばから、壊される流れ。
(外からの干渉……だが、呪いとも違う)
意図的で、持続的。
そして――雑じゃない。
「……誰かが、仕組んでる」
独り言が、夜に溶ける。
俺は、回復魔法を完全に止めた。
今は“補修”が邪魔になる。
代わりに、極めて弱い刺激だけを入れる。
――繋ぐのではなく、思い出させる。
体に、「本来の流れ」を。
一本、打つ。
様子を見る。
深く、待つ。
時間が、ゆっくりと流れる。
派手な変化はない。
呼吸が、ほんのわずかに深くなる程度だ。
「……これでいい」
前世で、何度も経験した感覚。
“効いているけど、分かりにくい”治療。
そこへ、足音。
「……まだ起きていたのですね」
リリアだった。
夜着のまま、そっと入ってくる。
「無理はするな」
「それは、こちらの台詞です」
彼女は、王子の寝顔を見つめる。
「……治りますか」
正面からの質問。
俺は、すぐには答えなかった。
「正直に言う」
リリアは、頷く。
「分からない」
沈黙。
「でも」
俺は、王子に視線を戻す。
「分からないまま、魔法を重ねるよりはいい」
リリアは、唇を噛みしめた。
「……私、怖いんです」
「何が」
「あなたが……このまま、切り捨てられることが」
彼女は、よく分かっている。
これは、政治だ。
治療の話だけじゃない。
「もし失敗したら……」
「追い出されるだろうな」
あっさり言うと、リリアが目を見開く。
「そんな……」
「前世でも、あった」
俺は、静かに続ける。
「結果が出なければ、いなかったことにされる」
それでも。
「それでも、治療はする」
リリアが、俺を見る。
「……どうしてですか」
俺は、鍼を整えながら答えた。
「治療師だからだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
沈黙の中、王子が小さく身じろぎした。
俺とリリアが、同時に息を止める。
「……っ」
王子の呼吸が、わずかに整う。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
「今の……」
「流れが、一瞬だけ戻った」
成功、とは言えない。
だが――
(方向は、合ってる)
俺は、静かに拳を握る。
そこへ、扉が開いた。
ヴァルドだ。
「……何か、変化は?」
問いは、冷静だが、目が焦っている。
「大きな変化はない」
俺は、正直に言う。
「だが、止まっていたものが、一瞬動いた」
ヴァルドは、眉を寄せた。
「一瞬、だと?」
「治療は、積み重ねだ」
ヴァルドは、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「……明日、王族会議がある」
つまり。
「結果が出なければ、終わりだ」
「分かってる」
ヴァルドは、踵を返す前に、ぽつりと呟いた。
「……昔、似た症例があった」
「?」
「救えなかった」
それだけ言って、去っていく。
俺は、王子を見る。
(治せないかもしれない)
でも。
鍼を置く手は、止まらなかった。
――それでも、俺は治療師だ。
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