第8話 治せない病
王都で最初に案内された場所は、宮廷の治療棟だった。
白い石造りの建物。
清潔で、整然としている。
――だが。
(空気が、重い)
視える循環は、どれも歪んでいた。
回復魔法で“塞がれた”跡が、無数に残っている。
「こちらだ」
ヴァルドに導かれ、俺は一つの部屋に入った。
寝台の上に横たわっているのは、少年だった。
年は、十歳前後。
呼吸は浅く、胸の上下が不規則だ。
「王子殿下だ」
ヴァルドの声は、淡々としている。
「原因不明の衰弱。回復魔法は効かず、症状だけが少しずつ進行している」
俺は、何も言わずに近づいた。
(……これは)
視えた瞬間、背筋が冷える。
経絡が、溶けている。
詰まりでも、歪みでもない。
循環そのものが、壊され続けている。
(呪い……いや、もっと根が深い)
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……いつからですか」
「三年前」
三年。
回復魔法で延命し続けた時間。
「治せるか?」
ヴァルドが、試すように聞く。
部屋の外には、視線を感じる。
治療師団、役人、護衛。
――ここで「できる」と言えば、英雄。
――「できない」と言えば、異端は終わり。
俺は、少年の手を取った。
冷たい。
必死に、流れを繋ぎ止めている。
(前世なら……)
いや、考えるな。
今は、この世界だ。
「……すぐには、無理です」
沈黙が落ちた。
「ほう?」
ヴァルドの眉が、わずかに上がる。
「“経絡”とやらを使えば、何でも治るのではなかったのか?」
挑発だ。
だが、俺は首を横に振った。
「治療には、順序があります」
「説明してもらおう」
俺は、少年の胸元に手を置いたまま、言葉を選ぶ。
「これは、長期間かけて循環を壊す“処置”です」
「処置?」
「意図的にやられた可能性が高い」
ざわめきが走る。
「回復魔法は、壊れた場所を補修する。でも――」
俺は、ゆっくり続けた。
「壊され続けている場合、追いつかない」
ヴァルドは、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「つまり?」
「今の方法では、いずれ限界が来る」
それは、宣告だった。
部屋の空気が、凍りつく。
誰かが、怒鳴りそうになる前に――
リリアが、一歩前に出た。
「……治療師レン」
彼女の声は、静かだ。
「あなたなら、どうしますか」
俺は、彼女を見た。
そして、少年を見る。
正直に言うしかない。
「時間を、もらいます」
「時間?」
「回復魔法を、一度止める」
一斉に、声が上がった。
「正気か!?」
「それは死ねと言っているのと同じだ!」
俺は、視線を逸らさない。
「今は、延命してるだけだ」
ヴァルドが、冷たく言う。
「結果が出なければ、責任は取れるのか」
「取ります」
即答だった。
「治療師として」
それ以上の肩書きは、いらない。
再び、沈黙。
長い沈黙の後、ヴァルドが言った。
「……三日だ」
「?」
「三日だけ、好きにしろ」
条件付きの猶予。
「それで結果が出なければ――」
「分かってる」
俺は、少年の手をそっと離した。
(……重いな)
治せないかもしれない。
だが、逃げない。
部屋を出ると、リリアが小さく声をかけてきた。
「……怖くないんですか」
俺は、少し考えてから答えた。
「怖いよ」
正直に。
「でも、分からないまま治療する方が、もっと怖い」
リリアは、ぎゅっと拳を握った。
その背中に、覚悟が宿る。
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