第6話 回復魔法は、万能ではない
翌朝、礼拝堂の前が騒がしかった。
白と金で装飾されたローブの一団。
明らかに、村には不釣り合いな装いだ。
「宮廷治療師団が到着した!」
その声を聞いた瞬間、嫌な予感が確信に変わる。
(来たな……)
先頭に立っていたのは、年配の男だった。
白髪を後ろで束ね、杖を突く姿は威厳に満ちている。
「私は、王国宮廷治療師長――ヴァルド・エインベルク」
名乗りだけで、村人たちが一斉に頭を下げた。
回復魔法の最高権威。
聖女リリアの補佐役でもある人物。
その視線が、真っ直ぐ俺に向けられる。
「……君が、例の治療師か」
声音は穏やか。
だが、完全に“見定める”目だ。
「報告は受けている。回復魔法が効かなかった患者を、奇妙な方法で救ったそうだな」
奇妙、か。
「治療しただけです」
俺がそう答えると、周囲がざわついた。
ヴァルドは、ゆっくりと頷く。
「だが、その方法は――魔法ではない」
「ええ」
「王国では、治療とは魔法を用いるものだ」
淡々とした口調。
しかし、その言葉には“線引き”が含まれている。
「魔法でない治療は、危険だ。再現性がなく、責任の所在も曖昧になる」
そのまま、俺を断罪するように言った。
「聖女様にまで手を出したと聞く。……無許可で」
空気が、一気に冷えた。
護衛たちの手が、剣にかかる。
俺は一度、深く息を吸ってから答えた。
「彼女は、患者です」
「……ほう?」
「立場や肩書きは、治療には関係ない」
ヴァルドの眉が、わずかに動いた。
「君は、回復魔法を否定するのか?」
「いいえ」
即答する。
「助けられる命があるなら、使うべきだ」
「だが?」
「万能だと思うのは、違う」
その瞬間、周囲の治療師たちがざわめいた。
「不敬だぞ……」
「回復魔法を否定するなど……」
ヴァルドは、しばらく黙っていたが――
やがて、静かに言った。
「聖女様は、国の象徴だ」
重い言葉。
「彼女の体に問題があるなどという発言は、混乱を招く」
俺は、視線を逸らさずに答える。
「問題は、あります」
はっきりと。
「今のままでは、いずれ壊れる」
空気が、張り詰めた。
ヴァルドの声が、低くなる。
「……根拠は?」
「循環です」
「循環?」
「魔力を流す器が、限界を超えている」
ヴァルドは、鼻で笑った。
「見えもしないものを根拠に?」
俺は、少しだけ言葉を選ぶ。
「回復魔法は、“壊れた場所”を治す」
「それで十分だ」
「でも」
俺は、彼を真っ直ぐ見た。
「壊れた原因を放置したら、また壊れる」
沈黙。
それを破ったのは、リリアだった。
「……治療師長」
彼女は、前に出る。
「昨夜の治療で、私は初めて――楽に呼吸ができました」
その言葉に、周囲がどよめく。
「聖女様、それは――」
「事実です」
リリアの声は、震えていなかった。
ヴァルドは、一瞬だけ言葉に詰まる。
だが、すぐに表情を整えた。
「……感覚的な改善だろう」
切り捨てるように言う。
「数値も、記録もない」
その瞬間、俺は理解した。
(この人は……)
見ていない。
救えなかったものを、見ないことで成立してきた人間だ。
「分かりました」
俺は、あっさりと引いた。
「なら、記録を取ります」
「何?」
「あなたが納得する形で、証明する」
ヴァルドの目が、鋭くなる。
「……勝手な真似は許さん」
「許可を求めてません」
そう言ってから、少しだけ付け加えた。
「治療は、待ってくれない」
その言葉が、決定的だった。
ヴァルドは背を向け、冷たく言い放つ。
「異端は、いずれ排除される」
去っていく一団。
リリアが、不安そうに俺を見る。
「……レン」
俺は、肩をすくめた。
「大丈夫」
嘘ではない。
「よくある話だ」
――前世でも、何度も経験した。
だが。
(今回は、逃げない)
ここには、治すべき患者がいる。
たとえ相手が、王国そのものでも。
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