第4話 聖女は、なぜ壊れている
王都からの使者が村に到着したのは、魔物討伐の翌朝だった。
白を基調としたローブ。
胸元には、光の紋章。
「聖女様より、正式な招待状を預かっております」
村人たちがどよめいた。
「せ、聖女……!?」
「本物か……?」
使者の後ろに控えていたのは、二人の護衛と――一人の少女。
年の頃は、十七、八か。
白金の髪に、澄んだ翠の瞳。
立っているだけで、周囲の空気が整うような感覚。
(……なるほど)
俺は、無意識に息を止めていた。
この世界で言う「聖女」。
回復魔法の象徴。国の希望。
――だが。
(流れが、歪んでる)
視えてしまった。
彼女の体を巡る光は、確かに強い。
だが、あちこちで無理やり繋ぎ止められている。
まるで、壊れかけの水路を、力任せに塞いでいるような――
「あなたが、治療師の……レン、ですね」
少女が、俺の前に立った。
声は柔らかい。
だが、どこか張りつめている。
「聖女リリアと申します。昨日の件、すべて報告を受けました」
周囲が息を呑む。
俺は、形式通りに頭を下げた。
「村の一員として、当然のことをしたまでです」
リリアは、少しだけ困ったように微笑んだ。
「……その“当然”が、私たちには出来なかった」
その言葉に、護衛の一人が慌てて口を挟む。
「聖女様、そんな言い方は――」
「いいの」
リリアは静かに制した。
そして、俺をまっすぐ見る。
「お願いがあります」
その瞬間、視界の奥で、彼女の循環が大きく乱れた。
(今の一言で、負荷が跳ねた……?)
感情と、魔力が直結している。
危うい構造だ。
「私を……診てください」
村人たちが、ざわめく。
「せ、聖女様を……?」
「そんなこと、許されるのか……」
護衛たちの表情が、明らかに硬くなる。
「無礼だぞ。聖女様は――」
俺は、首を横に振った。
「その前に、一つ聞きたい」
全員が凍りついた。
聖女に質問するなど、常識外れだ。
だが、俺は続けた。
「最近、寝てないだろ」
「……っ」
「胸が苦しくなることがある。息が浅くて、魔法を使った後に、手が震える」
リリアの目が、見開かれる。
――当たりだ。
護衛たちが、一斉に剣に手をかけた。
「貴様、どこまで――」
「下がって」
リリアが、震える声で言った。
彼女は、しばらく黙っていたが――やがて、深く息を吐く。
「……誰にも、言っていませんでした」
俺は、静かに言った。
「壊れかけてる」
「……え?」
「今のままだと、あと数年。下手すりゃ、もっと早い」
残酷な宣告だ。
だが、嘘は言えなかった。
「回復魔法は、確かにすごい。でも、それは“削りながら治す”力だ」
俺は、自分の胸に手を当てる。
「あなた自身を、治してない」
沈黙。
長く、重い沈黙。
やがて、リリアが小さく笑った。
「……やっぱり」
「?」
「あなたは、私を“聖女”として見ていない」
その声は、不思議と安堵に満ちていた。
「初めてです。そんな人」
彼女は、深く頭を下げる。
「改めてお願いします。治療師レン」
その姿を見て、俺は悟った。
(ああ)
この出会いは――
間違いなく、俺の運命を変える。
そして同時に。
(面倒なことにも、全力で巻き込まれる)
だが。
「診るよ」
俺は、そう答えた。
「聖女じゃなくて、一人の患者としてな」
リリアは、泣きそうな顔で微笑んだ。
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