表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回復魔法が効かない世界で、元鍼灸師の俺が経絡チートで無双する ~治せないと言われた命を、鍼一本で救ってみせる~  作者: 夜凪レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/39

第39話 責任を引き受ける者

 灰の谷は、少し静かになった。


 焚き火の数が減り、

 人の声が、夜に溶けやすくなった。


 それでも、空っぽではない。


 必要な分だけ、人がいる。


 それが、今の形だった。


 俺は、いつも通り鍼を整えていた。


 特別な儀式も、宣言もない。

 ただ、いつも通り。


「……診てもらえますか」


 声をかけてきたのは、年配の男だった。

 民間人。

 慢性的な腰の痛み。


 緊急ではない。

 だが、放っておけば悪化する。


 俺は、視て、判断する。


「座って」


 鍼を打つ。


 深くは入れない。

 楽になる分だけ。


「……助かります」


 男は、そう言って立ち上がる。


 その顔に、過剰な期待はない。

 ただの安堵。


 それでいい。


 昼過ぎ、リリアが帳簿を持ってくる。


「……減りましたね」


「適正だ」


「人も、仕事も」


 彼女は、小さく笑う。


「文句も、減りました」


「当然だ」


 約束を減らしたのだから。


 誰もが救われると思わなければ、

 誰もが絶望しない。


 冷たい言い方だ。

 だが、続けるためには必要だった。


「……聖女に戻れ、と言われました」


 リリアが、ぽつりと言う。


「どうする」


「戻りません」


 即答だった。


「ここに、役割があります」


 俺は、何も言わなかった。


 それが、彼女の選択だ。


 夕方、エルシアが現れた。


 今日は、鎧を着ている。


 将としての姿だ。


「……落ち着いたな」


「見ての通りだ」


「人は、減った」


「壊れにくくなった」


 彼女は、短く頷く。


「魔族側でも、似た形を作った」


 意外な言葉だった。


「簡単ではない」


「知ってる」


 それでも、やった。


 それだけで、十分だ。


「……あなたは、勝っていない」


 エルシアが言う。


「戦争も、終わっていない」


「分かってる」


「それでも」


 彼女は、俺を見る。


「世界は、少し変わった」


 それは、将としての評価だった。


 エルシアは、踵を返す。


「次に会う時は」


「また、壊れてからか」


「その時は」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「……頼む」


 それだけ言って、去っていった。


 夜。


 焚き火の前で、俺は一人座る。


 鍼は、揃っている。

 手も、震えていない。


 だが、完璧ではない。


 今日も、診なかった人がいる。

 明日も、選ばれない人がいる。


 それでも。


 ここは、嘘をつかない場所だ。


 救えないことを、隠さない。

 選ぶことから、逃げない。


 治療師とは、

 正しさを振りかざす者ではない。


 全員を救えない現実の中で、

 選び続ける責任を引き受ける者だ。


 俺は、鍼をしまう。


 明日も、ここにいる。


 英雄にはならない。

 救世主にもならない。


 ただ――


 壊れた者の前に、立ち続ける。


 それが、俺の仕事だ。


 ――物語は、ここで一区切りだ。


 だが、治療師の朝は、

 明日も変わらず訪れる。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


この物語は、

「治すことは、本当に正しいのか?」

という、とても単純で、とても答えの出ない疑問から始まりました。


前世が鍼灸師の主人公を異世界に転生させたのは、

特別な知識やチートを使わせたかったからではありません。

むしろその逆で、

万能な回復魔法がある世界に、

“万能ではない治療”を持ち込んだらどうなるのか

を描きたかったのです。


治療は、善意です。

救いでもあります。

けれど同時に、

誰かを戻し、誰かを戻さない選択でもあります。


この物語の主人公は、

英雄にも救世主にもなりません。

全員を救うことも、世界を変えることもしません。


それでも彼は、

逃げずにその場に立ち続けました。


「正しい選択」をしたからではなく、

間違え続ける責任を引き受けると決めたからです。


誰かを救えなかった後でも、

それでもなお治療を続ける。

その姿が、

この物語で描きたかった“強さ”でした。


読後、少しだけ胸が重くなったなら、

それはきっと、この物語が

あなたに何かを押しつけたからではなく、

一緒に考えてもらえたからだと思います。


ここまで付き合ってくださり、本当にありがとうございました。


もしまたどこかで、

この治療師の続きを書くことがあれば、

彼はきっと変わらず、

鍼を手に、誰かの前に立っているはずです。


その時に、またお会いできれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ