第37話 正しさでは足りない
夜の灰の谷は、静まり返っていた。
焚き火の数が、少し減っている。
誰かが去り、誰かが残った。
その境界が、はっきりと見える。
俺は、一人で座っていた。
鍼を並べる気にもなれず、ただ火を見ている。
「……声をかけるべきか、迷いました」
隣に腰を下ろしたのは、リリアだった。
「迷ったなら、正解だ」
そう言うと、彼女は少しだけ笑った。
しばらく、言葉はなかった。
先に口を開いたのは、彼女だ。
「……私は、違う判断をしました」
予想していた言葉。
「さっき」
彼女は、膝の上で手を組む。
「あなたが診なかった人を、
回復魔法で支えました」
責める響きはない。
ただ、事実。
「……否定はしない」
俺は、そう答えた。
「あなたは、そうすると思っていた」
「それでも」
リリアは、少しだけ俯く。
「私は……全員を救えた気がしてしまった」
その言葉が、胸に刺さる。
気がしてしまった。
「でも」
彼女は、続ける。
「長くは、もたないと分かっています」
沈黙。
「……レン」
彼女は、こちらを見る。
「あなたは、正しかったと思いますか」
同じ問いを、以前もされた。
だが、今は違う。
「分からない」
即答だった。
「正しいかどうかは、もう重要じゃない」
リリアが、息を呑む。
「俺は」
言葉を選ばない。
「間違え続ける」
治療師として。
一人の人間として。
「全員を救えない以上、
間違えない選択なんて、存在しない」
リリアは、静かに頷いた。
「……それでも、逃げませんか」
「逃げない」
それだけは、即答できた。
その時、気配があった。
焚き火の向こう。
闇の中から、一人の影が現れる。
エルシアだ。
護衛はいない。
将としてではなく、一人の存在として立っている。
「……話は、終わったか」
「ちょうど、核心だ」
俺は、立ち上がらなかった。
彼女も、距離を保ったまま言う。
「こちらでも、同じことが起きている」
「魔族でも?」
「ああ」
エルシアは、淡々と語る。
「戻らない者が増えた」
「戦えない個体が、滞留している」
「私は、切った」
即答だった。
「処理した」
リリアが、息を呑む。
俺は、目を逸らさない。
「……それが、将の責任か」
「そうだ」
エルシアは、迷わない。
「私が迷えば、もっと多くが死ぬ」
正論だ。
「だが」
彼女は、俺を見る。
「あなたは、同じことができない」
「できない」
即答する。
「やれば、俺は治療師じゃなくなる」
エルシアは、少しだけ目を細めた。
「……なら、どうする」
核心。
俺は、深く息を吸った。
「閉じる」
二人が、同時に反応する。
「この場所を、今の形では続けない」
「全員を救う場じゃないと、
はっきりさせる」
リリアが、静かに言う。
「……人は、減りますね」
「減らす」
逃げない。
「減らさなければ、壊れる」
エルシアは、短く笑った。
「ようやく、同じ場所に立ったな」
「違う」
俺は、否定する。
「俺は、あなたみたいに切れない」
「それでも」
彼女は、空を見る。
「責任を引き受ける覚悟は、同じだ」
それだけで、十分だった。
エルシアは、踵を返す。
「次に会う時は」
振り返らずに言う。
「……覚悟を、形にしていろ」
闇に、消える。
リリアが、ぽつりと言った。
「……怖いですね」
「ああ」
正直な答え。
「でも」
俺は、焚き火を見る。
「これ以上、間違えないために」
一拍置く。
「間違えるやり方を、決める」
正しさでは足りない。
だからこそ。
続けられる形を、選ぶ。
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