第36話 選んだ結果
その日は、朝から順番が荒れていた。
声を荒げる者はいない。
だが、視線が刺さる。
――誰が、先か。
俺は、三人を前にして立ち止まっていた。
一人は、戻りたい派の王国兵。
胸部に古傷。
治せば、前線復帰が可能だ。
一人は、戻らない派の民間人。
脚の損傷が進行している。
治療しなければ、歩行不能になる。
そして、もう一人。
若い魔族。
外傷は軽いが、内部循環が崩れている。
放置すれば、急変する。
(……三人とも、今だ)
全員、治療が必要だ。
だが――同時にはできない。
「……レン」
リリアが、何も言わずに俺を見る。
委ねている。
俺は、深く息を吸った。
「兵を、先に診る」
声は、揺れなかった。
一瞬、空気が止まる。
戻りたい派の兵が、安堵の息を吐く。
戻らない派の民間人が、俯く。
魔族の青年は、何も言わない。
(……戻れる者を、戻す)
理屈としては、正しい。
戦線が維持され、混乱が減る。
俺は、兵の前に膝をついた。
鍼を打つ。
循環が、はっきりと戻る。
「……動く」
兵が、呟く。
「ありがとう」
その言葉が、重い。
治療を終え、立ち上がった時だった。
「……っ」
短い、息の詰まる音。
振り返る。
魔族の青年が、膝をついている。
「……待て」
俺が駆け寄る。
遅い。
循環が、一気に崩れている。
(……判断が、遅れた)
鍼を打つ。
だが、反応が弱い。
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように言う。
だが、青年は首を振った。
「……いい」
かすれた声。
「……戻らない、と……決めていた」
呼吸が、浅い。
「……ここに来て」
一拍。
「壊れなくていいって……初めて思った」
その言葉が、胸を貫いた。
「……すまない」
それしか言えなかった。
青年は、もう答えなかった。
命は、消えなかった。
だが――戻らない。
循環は、回復不能な位置で止まった。
完全な脱落。
静寂。
誰も、責めない。
だが、誰も目を逸らさない。
(……俺が、選んだ)
事故じゃない。
敵のせいでもない。
俺が、兵を優先した。
その結果だ。
民間人の女が、ぽつりと言った。
「……そういうこと、なんですね」
責める声ではない。
理解した声だ。
リリアが、俺の隣に立つ。
「……レン」
「分かってる」
俺は、青年に毛布をかける。
手が、少し震えている。
治療師は、救う者だと思っていた。
だが――
(選ぶ者だった)
救える可能性を、切り落とす者だった。
夕方、戻りたい派の兵が出発していく。
背筋を伸ばし、歩いていく。
俺は、見送らなかった。
焚き火のそばで、座り込む。
空が、やけに広い。
(……ここまでだ)
このやり方は、もう続かない。
救うたびに、誰かを切る。
それを、場当たりで繰り返すわけにはいかない。
俺は、鍼を握りしめた。
――選んだ結果は、
もう、取り消せない。
次は。
選び方そのものを、変えるしかない。
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