第27話 揺れる将
夜の陣は、静かだった。
魔族の陣営に、歓声はない。
勝っても、負けても、ここは変わらない。
エルシアは、天幕の中で一人、鎧を外していた。
身体が、重い。
(……安定している)
それが、何より気に食わなかった。
以前なら、戦の後は必ず震えが来た。
壊れかけた循環が、無理やり次の戦に備える合図。
だが今は――
(静かすぎる)
戦える。
それなのに、前に進めない。
「……」
胸元に、手を当てる。
治療師レンの鍼が触れた場所。
そこから、流れが変わった。
(壊れなくても、動ける)
その感覚が、怖い。
外から、部下の声がした。
「将。
灰の谷で、奇妙な報告があります」
「……何だ」
「人間と魔族が、刃を交えなかったと」
一瞬、呼吸が止まる。
「……理由は」
「“治療師がいた”と」
エルシアは、目を閉じた。
(やはり、始まったか)
条件は、もう動いている。
だが――
「将」
今度は、別の部下。
「兵が……戻ってきません」
「逃げたのか」
「いいえ」
言いづらそうに、続ける。
「“戻らなかった”のです」
その言葉の意味を、エルシアは理解した。
戦場に戻らなかった。
壊れたまま、前に進むことを選ばなかった。
「……何人だ」
「三名」
少数だ。
だが、無視できない。
「彼らは言いました」
部下は、視線を伏せる。
「“壊れなくても、生きられる場所を知ってしまった”と」
胸の奥が、きしむ。
(……それを、知ってしまったのは)
彼女自身だ。
エルシアは、ゆっくりと立ち上がる。
「下がれ」
部下が去り、天幕に静寂が戻る。
彼女は、外に出た。
夜空に、星は少ない。
戦の煙が、まだ残っている。
(魔族は、戦う種族だ)
そう教えられてきた。
壊れるまで戦い、
壊れたら、価値を失う。
それが、当たり前だった。
だが。
(治療されてしまった)
壊れなかった。
壊れる必要がなくなってしまった。
「……面倒だな、本当に」
自嘲が漏れる。
治療師レン。
彼は、魔族を救うつもりなどない。
戦争を終わらせる英雄でもない。
ただ、壊れているものを放っておけないだけだ。
それが、一番厄介だった。
天幕に戻ると、机の上に地図が広げられている。
戦線。
補給路。
そして、灰の谷。
(ここを中心に、戦争が“歪む”)
止まる場所ができれば、
進めない兵が出る。
進めない兵が増えれば、
戦争は、続けられなくなる。
(……それでも)
エルシアは、拳を握る。
(止めるわけには、いかない)
和平は、逃げではない。
だが、急げば内部から崩れる。
彼女は、決断する。
「……様子を見る」
今は、それだけでいい。
だが。
(次に壊れる時)
自分が、治療を求めてしまうかもしれない。
その可能性を、否定できない自分がいる。
エルシアは、空を仰いだ。
星のない夜。
それでも、目は逸らさなかった。
――揺れているのは、
戦争ではない。
将自身だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




