第25話 条件
灰の谷の風は、相変わらず乾いていた。
エルシアは、石の前に立ったまま動かない。
その姿は、戦場で見た時よりも静かで――どこか重い。
「条件の話だと言ったな」
俺が口を開く。
「ああ」
彼女は、頷いた。
「和平を望むと言ったが……それは、理想論じゃない」
最初から、釘を刺してきた。
「魔族は、戦わなければ滅びる」
淡々とした声。
「王国と同じだ。違うのは、滅び方を選べないこと」
その言葉の意味は、重かった。
彼女は続ける。
「だから、全面停戦は無理だ」
予想通りだった。
「だが」
一拍置く。
「この戦線だけは、止められる」
限定的停戦。
現実的な落としどころだ。
「条件は三つある」
エルシアは、指を一本立てる。
「一つ。
この谷を含む周辺一帯を、非戦闘区域とする」
「負傷者の回収と、補給の停止か」
「理解が早いな」
敵味方関係なく、傷ついた者を下げる。
戦力の再投入を防ぐための、最低限の線引き。
二本目の指。
「二つ。
この区域での治療行為は、あなたのみが行う」
空気が、張り詰めた。
「……独占か」
「違う」
エルシアは、即座に否定する。
「抑制だ」
その言葉に、眉が動く。
「治療は、強すぎる」
彼女は、自分の胸元を軽く叩いた。
「あなたの治療を受けた者は、
戦争に戻れなくなる」
魔族にとって、それは“脱落”を意味する。
「だから、制限する」
乱用を防ぐために。
「三つ目は?」
俺が問うと、エルシアは少しだけ間を置いた。
「王国側も、同意すること」
「当然だな」
「だが」
彼女の視線が、鋭くなる。
「王国の治療師団、聖女、騎士団――
いずれも、あなたの判断に介入しない」
それは、異例だった。
「誰を治し、誰を治さないか」
エルシアは、はっきりと言う。
「それを決めるのは、あなた一人だ」
責任を、丸ごと押し付ける条件。
(……重いな)
だが。
軽い条件なんて、最初からあり得ない。
「なぜ、そこまで俺に賭ける」
正直な疑問だった。
エルシアは、少しだけ目を伏せる。
「……賭けているつもりはない」
そして、顔を上げる。
「他に、いない」
その一言が、胸に刺さった。
「魔族にも、人間にも、
戦争を“続けさせない治療”をする者が」
彼女は、苦笑する。
「皮肉な話だな。
戦を止める鍵が、治療師だとは」
俺は、すぐに答えなかった。
この条件は、
誰かを救うために、誰かを救わない覚悟を要求している。
「……一つ、確認する」
「何だ」
「この区域で、魔族が嘘をついたら?」
エルシアは、迷いなく答えた。
「私が、将を降りる」
即答だった。
それが、どれほど重い意味を持つか、俺には分かる。
「王国が嘘をついたら?」
「あなたが、ここを去れ」
同じ重さの条件。
沈黙が落ちる。
灰の谷を、風が吹き抜ける。
俺は、深く息を吸った。
「……分かった」
エルシアの目が、わずかに見開かれる。
「即答は、しない」
俺は、続けた。
「王国側と話す。
だが――」
視線を、逸らさない。
「俺は、誰の代理人にもならない」
「それでいい」
エルシアは、静かに頷く。
「それが、条件だ」
将として。
一人の、壊れかけた存在として。
彼女は、踵を返す前に、ぽつりと言った。
「……次に会う時は」
一拍置いて。
「敵でも、患者でもないといい」
そう言って、谷の向こうへ歩いていった。
俺は、その背中を見送りながら思う。
(治療とは、選別だ)
全てを救えない以上、
選び続けるしかない。
それでも。
この条件は、
戦争を“少しだけ止める”ための現実だった。
――答えを出すのは、これからだ。
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