第22話 戻る場所
王都の外れ、城壁の影に隠れるような一角に、その建物はあった。
元は倉庫だったらしい。
屋根は低く、壁も古い。
だが――
(悪くない)
中は、風が通る。
人が、落ち着いて息をできる。
「……本当に、ここで?」
リリアが、少し不安そうに言う。
「十分だ」
俺は、床を軽く踏みしめた。
「治療に必要なのは、豪華さじゃない」
必要なのは、戻ってきてもいい場所だという実感。
看板は出さない。
許可も、求めない。
ただ、ここにいる。
それだけだ。
最初に来たのは、若い兵だった。
腕に包帯。
目は、どこか遠い。
「……もう、戦えないと言われました」
声が、かすれている。
視る。
腕は、確かに戻らない。
だが、それ以上に――循環が、完全に“前線用”のままだ。
(帰り方を、忘れてる)
「座って」
俺は、低い声で言った。
兵は、言われるがまま腰を下ろす。
鍼を一本。
深くは入れない。
“戦うため”の流れを、少しずつ緩める。
「……っ」
兵の肩が、わずかに震えた。
「大丈夫だ」
俺は、言う。
「ここでは、戻らなくていい」
兵の目から、涙が溢れた。
「……すみません……」
「謝るな」
それは、治療じゃない。
帰還だ。
噂は、静かに広がった。
前線から外れた者。
治療棟で“完治不能”とされた者。
彼らが、ぽつぽつと集まってくる。
俺は、全員を治せない。
だが。
痛みを減らすことはできる。
呼吸を、戻すことはできる。
リリアは、ここでは魔法を使わなかった。
ただ、話を聞く。
名前を、呼ぶ。
それだけで、救われる者がいる。
「……不思議ですね」
ある夜、彼女が言った。
「奇跡は起きていないのに……」
「人が、戻ってる」
俺が答える。
それは、数値に出ない成果だ。
数日後、カナンが訪ねてきた。
鎧姿のまま、扉の前で立ち止まる。
「……ここか」
「座るか」
「いや」
彼女は、首を振った。
「ここは……帰る場所だろ」
短い言葉。
だが、すべてを理解している。
「前線では、まだ揉めてる」
「だろうな」
「お前が抜けた穴は、大きい」
それは、誇りでも、罪でもある。
「……それでも」
カナンは、静かに言った。
「帰ってくる兵が、増えた」
俺は、息を吐いた。
「それでいい」
カナンは、少しだけ笑う。
「戦争は、続いてる」
「知ってる」
「でも」
彼女は、俺を見る。
「終わった後の場所が、できた」
それは、指揮官としての評価だった。
彼女は、踵を返す前に言った。
「……呼ぶなよ」
「何を」
「“戻れ”とは」
俺は、頷く。
「呼ばない」
カナンは、満足そうに去っていった。
夜、灯りを落とす前に、俺は思う。
(戦争は、まだ終わらない)
だが。
終わった後に、人が戻れる場所は、作れる。
治療とは、
戦わせるためだけの技術じゃない。
生き直すための技術だ。
俺は、静かに鍼を拭いた。
――ここが、戻る場所だ。
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