第21話 離れるという選択
会議から数日が過ぎた。
戦場は、相変わらず燃えている。
だが、俺の立場は微妙に変わっていた。
前線への同行要請は、来ない。
代わりに、書類と視線だけが増えた。
(……様子見、か)
拒否した以上、当然だ。
簡易診療所で鍼を整えていると、カナンが訪ねてきた。
鎧姿。
だが、どこか疲れている。
「……噂は、広がってる」
「悪い方だろ」
「両方だ」
彼女は、壁にもたれかかる。
「兵は、お前を欲しがっている」
それは、嬉しくない報告だった。
「だが、上は違う」
「分かってる」
沈黙。
カナンが、低く言う。
「それでも、現場は待ってる」
重い言葉だ。
俺は、鍼を一本手に取る。
「カナン」
「何だ」
「もし、俺が行かなかったら」
彼女は、即答しなかった。
「……死人は、増える」
正直だ。
「でも」
一拍置く。
「壊れきる前に、帰る兵も増える」
視線が、合う。
「どっちが、正しいと思う」
カナンは、拳を握る。
「……分からない」
それでいい。
「だから、俺は――」
言葉を、選ぶ。
「一歩、引く」
カナンの目が、わずかに揺れた。
「逃げるのか」
「違う」
俺は、首を振る。
「戦場だけが、治療の場所じゃない」
前線で治せば、兵は戻る。
戻れば、戦争は続く。
「俺は、壊れきる前の“出口”を作る」
帰る場所。
戻らない選択肢。
「……それが、できると思うか」
「やらないと、誰もやらない」
カナンは、長く黙っていた。
やがて、短く笑う。
「相変わらず、面倒な奴だ」
「褒め言葉か」
「最高級だ」
彼女は、背を向ける前に言った。
「……戻りたくなったら、呼べ」
「その時は」
俺は、答える。
「戦争を終わらせる時だ」
その言葉に、彼女は振り返らなかった。
その夜、リリアが訪ねてきた。
聖女の衣装ではない。
市井の装い。
「聞きました」
静かな声。
「前線を、離れるんですね」
「ああ」
彼女は、少し目を伏せる。
「……責めません」
意外な言葉だった。
「私も、同じことを考えていました」
「?」
「救うだけでは、終わらない」
彼女は、胸に手を当てる。
「救われた人が、また壊れるのを見るのは……辛い」
俺は、頷いた。
「だから」
リリアは、顔を上げる。
「私も、王都に“別の場所”を作ります」
「別の場所?」
「戦えなくなった人が、帰れる場所」
聖女が、そう言う意味。
それは――
「覚悟が要るぞ」
「ええ」
彼女は、静かに微笑む。
「でも……一人じゃない」
俺を見る。
「あなたが、最初に立ったから」
胸が、少し熱くなる。
(……連鎖、か)
治療は、人を変える。
直接じゃなくても。
その夜、俺は王都の外れに、小さな拠点を決めた。
前線でも、宮廷でもない場所。
戻るための場所。
それは、戦争の外側にある治療だった。
――離れるという選択は、
逃げではない。
俺は、そう信じて歩き出した。
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