第20話 治療は、武器か
王都への帰還命令は、戦闘の翌日に出た。
内容は簡潔だった。
――報告と協議。
だが、その裏にあるものは、嫌というほど分かる。
(方針決定、だな)
会議室に集められた顔ぶれは、前回より多かった。
貴族、軍部、治療師団、そして聖女リリア。
中央に置かれたのは、一枚の書類。
「新たな戦場医療計画だ」
軍部の男が、胸を張って言う。
「治療師レンの技術を基軸とした支援体制の構築」
嫌な予感は、確信に変わった。
「前線に治療師を常駐させ、
鍼による循環調整を標準化する」
書類には、図解まで載っている。
ツボの位置、刺激量、手順。
――簡略化された“俺”。
「……質問しても?」
俺が言うと、男は頷いた。
「どうぞ」
「この治療を受けた兵の、その後の人生は?」
一瞬、間が空いた。
「……戦争が終われば、療養させる」
曖昧な答え。
「終われば、ですね」
軍部の男が、少し苛立つ。
「勝たなければ、未来はない」
分かっている。
だが。
「これは、治療じゃない」
俺は、はっきりと言った。
「運用です」
空気が、ざわつく。
「治療は、個別の判断が必要だ」
「状況で変わる。人で変わる」
俺は、書類を指差す。
「これは、“戻せる限界”を考慮していない」
治療師団の一人が、反論する。
「しかし、実績は出ている!」
「前線が持ちこたえた!」
俺は、静かに返す。
「その分、壊れている」
数字に出ないもの。
精神。
回復不能な消耗。
「それでも、勝てば――」
軍部の男が言いかけた、その時。
「……やめてください」
声を上げたのは、リリアだった。
会議室が、一気に静まる。
「それは、“治す”という言葉を使っていい行為ではありません」
彼女は、震えていたが、目は逸らさなかった。
「聖女様……」
「私は、回復魔法を使います」
リリアは、続ける。
「でも、それを“武器”として使うことに、ずっと疑問を持ってきました」
俺を見る。
「レンの治療は……もっと重い」
彼女は、深く息を吸う。
「人の人生に、直接触れる」
沈黙。
ヴァルドが、ゆっくりと口を開いた。
「……治療師レン」
「はい」
「君は、この計画を拒否するのか」
真正面からの問い。
逃げ道はない。
俺は、一度目を閉じてから、答えた。
「拒否します」
はっきりと。
「俺は、兵器にはならない」
ざわめきが、怒号に変わる。
「戦況を分かっているのか!」
「何人が助かると思っている!」
俺は、視線を逸らさない。
「助けた“その後”まで、責任を持てないなら」
一拍置いて。
「それは、救いじゃない」
リリアが、俺の隣に立った。
小さい背中。
だが、揺るがない。
「私も、同意します」
その瞬間、会議室の空気が変わった。
完全な勝利ではない。
だが――流れが止まった。
ヴァルドが、深く息を吐く。
「……愚直だな」
そして、微かに笑った。
「だが、嫌いじゃない」
軍部は、不満そうに席を立つ。
計画は、保留となった。
会議後、廊下でリリアが言った。
「……怖かったです」
「俺もだ」
「でも」
彼女は、少しだけ笑う。
「一人じゃなかった」
その言葉に、胸が熱くなる。
俺は思った。
(治療は、武器じゃない)
そう言い切れる場所に、
俺は、立っている。
――だが。
これで終わるほど、戦争は甘くない。
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