第17話 戦場へ
王都を発ったのは、夜明け前だった。
馬車ではない。
騎士団の行軍に、徒歩で合流する。
「……治療師が先頭とはな」
周囲の兵が、ひそひそと囁く。
俺は気にしなかった。
視界に映る“流れ”の方が、よほど気になる。
(張りつめすぎだ)
恐怖、興奮、焦り。
戦場に向かう前の兵士は、決まって循環が荒れる。
「レン」
隣に並んだのは、カナンだった。
「無理はするな。今回は“試験”だ」
「分かってます」
彼女は小さく頷く。
「お前の治療が、どこまで“戦”に耐えられるかを見る」
耐えられるかどうか。
つまり――兵器として。
(……もう始まってるな)
やがて、遠くに煙が見えた。
「前線だ」
魔族との衝突地点。
怒号。
金属音。
血の匂い。
兵が、担架で運び込まれてくる。
「脚をやられた!」
「魔力切れだ、立てない!」
俺は、即座に膝をついた。
「次!」
鍼を打つ。
一本。
二本。
深呼吸を促し、流れを整える。
「……動く」
兵が、驚いた声を出す。
「行けるか」
「……はい!」
立ち上がり、再び前線へ。
次、次、次。
回復魔法の光が、追いつかない速度で兵が戻ってくる。
「……何だ、あれ」
「倒れたはずだぞ」
ざわめきが広がる。
カナンが、短く命じる。
「レンのところを最優先に回せ」
戦況が、目に見えて変わった。
兵は倒れても、戻る。
魔族は、押し切れない。
――勝てる。
そう思った瞬間だった。
「……っ」
胸の奥が、ひやりとする。
視線の先。
敵陣中央で、一人の魔族が崩れ落ちた。
細身の少女。
蒼白な顔。
(……壊れてる)
魔力ではない。
生命の循環そのものが、限界を超えている。
次の瞬間、俺は走っていた。
「レン!?」
カナンの声を背に、戦線を越える。
少女の傍らに膝をつく。
「触るな! 敵だぞ!」
叫び声。
だが、そんなことはどうでもよかった。
(この壊れ方……)
前世で、何度も見た。
無理を重ね、削り続けた体。
俺は、鍼を一本取り出した。
「……何を、している」
かすれた声。
少女が、薄く目を開ける。
金色の瞳。
「治療だ」
短く答え、打つ。
流れが、わずかに戻る。
「……なぜ」
彼女が、呟く。
「敵を……治す」
俺は、答えた。
「壊れてるからだ」
それ以上でも、以下でもない。
少女の呼吸が、少しだけ整った。
周囲が、完全に静まり返る。
敵も、味方も、武器を下ろしていた。
カナンが、ゆっくりと歩み寄る。
「……レン」
低い声。
「それが、お前の選択か」
俺は、少女から目を離さず答える。
「ああ」
はっきりと。
「治療師としての」
少女――魔将エルシアは、微かに笑った。
「……面倒な、男だ」
その一言で、俺は理解した。
この戦争は、
治せば終わるものじゃない。
そして――
俺は、引き返せない場所に来てしまった。
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