第14話 それでも治す
王都の裏通りは、夜になると別の顔を見せる。
明かりの届かない路地。
正規の治療を受けられない者たちが、静かに息を潜めている場所。
「……ここだ」
カナンが、古い倉庫の扉を押し開けた。
中には、簡素な寝台がいくつも並んでいる。
包帯、薬草、粗末な器具。
そして――人。
「思ったより……多いですね」
リリアが、息を呑む。
「表の治療棟は、金と身分がいる」
カナンは、低く言う。
「ここに来るのは、公式に“救われない”と判断された連中だ」
視界に映る循環は、どれも酷い。
慢性。放置。諦め。
(……間に合うか)
全員は無理だ。
それでも。
「順番に診ます」
俺は、鍼を取り出した。
最初に来たのは、年配の男だった。
「指が……動かなくなってな」
鍛冶職人だという。
視る。
(末梢の循環断絶。神経圧迫)
「治りますか」
不安と、期待。
「完全じゃない。でも、戻る」
俺は、正直に言う。
一本。
二本。
深くは刺さない。
慎重に、繋ぐ。
「……あ」
男の指が、わずかに動いた。
「動いた……?」
周囲が、ざわめく。
「順番、守ってくれ」
俺は、淡々と告げる。
次は、脚を引きずる女。
次は、長く咳に苦しむ子供。
派手な奇跡はない。
だが、確実に“楽になる”。
「……ありがとう」
何度も、そう言われる。
その言葉が、胸に溜まる。
途中で、リリアが小さく言った。
「……私、手伝えます」
彼女は、膝をついて、患者の手を取る。
魔法は使わない。
ただ、寄り添う。
「息、ゆっくり」
聖女としてではなく、
一人の人間として。
それが、患者たちには何よりだった。
「……あんた」
いつの間にか、周囲の目が変わっている。
「名前、なんて言うんだ」
「レンだ」
「治療師か」
「ああ」
短いやり取り。
それで、十分だった。
夜が深まる頃、倉庫の外がざわついた。
「……役人だ」
カナンが、低く言う。
扉の向こうで、怒鳴り声がする。
「無許可の治療行為だ! 開けろ!」
空気が、張り詰める。
リリアが、俺を見る。
「……どうしますか」
俺は、鍼を片付けながら答えた。
「最後の一人まで、診る」
逃げない。
それが、俺の選択だ。
扉が、乱暴に開かれる。
「レン! 貴様――」
役人が、怒鳴りかけて――止まった。
倉庫の中を、見たからだ。
横たわる患者。
支え合う人々。
静かな、だが確かな空気。
「……ここで、何をしている」
俺は、立ち上がる。
「治療だ」
「許可は――」
「ない」
即答。
「だが」
俺は、役人の目を見る。
「ここにいる人間を、誰が診る」
役人は、言葉を失った。
背後で、誰かが呟く。
「……この人が、治してくれた」
「歩けなかった脚が……」
小さな声が、連なっていく。
それは、抗議じゃない。
証言だ。
役人は、歯噛みする。
「……今日は、見逃す」
捨て台詞のように言って、去っていった。
倉庫に、安堵の息が広がる。
俺は、その場に腰を下ろした。
疲れた。
だが、不思議と後悔はない。
「……ありがとう」
リリアが、隣で言う。
「聖女でいるより……ずっと、救われました」
カナンが、腕を組む。
「市井は、ちゃんと見てる」
その言葉に、胸が熱くなる。
(ああ)
ここだ。
ここが、俺の居場所だ。
公式じゃなくても。
異端でも。
――それでも、治す。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
次の投稿からは、1日1回の更新になります。
ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




