第11話 救わないという選択
負傷兵が運び込まれたのは、日が傾き始めた頃だった。
「急げ!」
「道を空けろ!」
血の匂いが、治療棟に一気に広がる。
担架に横たわる男は、若かった。
鎧は砕け、腹部は深く裂けている。
(……間に合わない)
視た瞬間、分かった。
経絡は完全に断裂。
内臓は壊滅的。
回復魔法を使えば、数時間は延命できる。
だが――
(苦しみが、長引くだけだ)
「レン!」
カナンが、俺を見る。
その目は、すでに覚悟している。
「どうだ」
治療師としてではない。
判断を共有する相棒としての問いだ。
周囲では、回復魔法使いたちが詠唱の準備をしている。
「まだ……方法は……」
若い治療師の声が、震えている。
俺は、ゆっくりと息を吸った。
「止めてください」
静かな声だったが、はっきりと通った。
「……何だと?」
治療師の一人が、俺を睨む。
「回復魔法を、使わない」
空気が、凍りついた。
「正気か!?」
「見殺しにする気か!」
怒号が飛ぶ。
だが、俺は男の手を取った。
冷たい。
それでも、まだ生きている。
「名前は」
男が、かすかに目を開ける。
「……ルーク……」
「ルーク。聞こえるか」
俺は、彼の耳元で言う。
「今から、楽にする」
周囲が、息を呑む。
「待て! 許可なく――」
「副長」
俺は、カナンを見た。
彼女は、ほんの一瞬だけ目を閉じ――
「……私が許可する」
そう言った。
怒号が、止まる。
カナンの声は、震えていなかった。
「続けろ」
俺は、鍼を一本だけ取り出す。
治すための鍼じゃない。
痛みを断ち、呼吸を整えるための鍼だ。
ゆっくりと、正確に。
ルークの眉間の皺が、少しずつ緩む。
「……ああ……」
彼の呼吸が、穏やかになる。
俺は、最後に言った。
「何か、伝えたいことは」
ルークの唇が、わずかに動く。
「……母さんに……」
言葉が、途切れる。
俺は、静かに頷いた。
「伝える」
次の瞬間、ルークの胸が、静かに止まった。
沈黙。
誰も、動けない。
「……これが、治療か?」
誰かが、震える声で言った。
俺は、視線を下げたまま答える。
「いいえ」
正直に。
「これは、看取りです」
怒り、戸惑い、否定。
様々な感情が、渦巻く。
その中で、カナンだけが、俺の横に立っていた。
「お前の判断は、正しい」
低い声。
「少なくとも、現場では」
彼女は、ルークの亡骸に向かって、静かに敬礼する。
それに、他の騎士たちも続いた。
治療師団の一部が、俯く。
理解した者も、いる。
俺は、鍼を片付けながら思った。
(……前世と同じだ)
救えなかった命。
責められる判断。
それでも。
手を離さなかったことだけは、誇っていい。
治療棟を出ると、夕焼けが王都を染めていた。
「……後悔は?」
カナンが、隣で聞く。
俺は、少し考えてから答える。
「ある」
「そうか」
「でも、逃げるよりはいい」
カナンは、短く笑った。
「それでいい」
その言葉が、何よりの救いだった。
――治療師は、奇跡を起こす存在じゃない。
それでも。
命に、最後まで付き合う存在ではありたい。
俺は、そう強く思った。
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