第10話 副長カナン
王子の治療から一夜明けた朝、俺は宮廷の外に呼び出された。
場所は、王都外縁の訓練場。
土と鉄の匂いが、濃く漂っている。
「……場違いだな」
そう呟いた瞬間、鋭い視線が突き刺さった。
「自覚はあるようだな」
声の主は、一人の女騎士だった。
短く束ねた黒髪。
傷の多い鎧。
無駄な装飾のない剣。
――実戦派。
「騎士団副長、カナンだ」
名乗りと同時に、周囲の空気が引き締まる。
「治療師レン。……いや、“異端の治療師”と言った方がいいか」
直球だ。
「今日は何の用件で?」
「確認だ」
カナンは、俺を真っ直ぐ見る。
「お前が、戦場に立つ価値のある人間かどうか」
周囲にいた騎士たちが、ざわめいた。
「治療師だぞ?」
「後方にいればいいだろ」
カナンは、視線だけで黙らせる。
「最近、戦場で奇妙な報告が上がっている」
そう言って、彼女は一人の兵を呼んだ。
「来い」
前に出てきたのは、若い騎士だった。
歩き方が、わずかに不自然。
「……古傷ですね」
俺が言うと、騎士が驚いた顔をする。
「膝だ。三年前に」
「戦闘中、踏み込みが遅れる」
「……その通りだ」
カナンが、腕を組む。
「お前の“鍼”とやらで、治るのか」
試すような口調。
「条件次第です」
「条件?」
「戦場で無理をし続けてる限り、完全には無理だ」
正直に言う。
「……それでもいい」
カナンは、即答した。
「今より動けるなら、それでいい」
俺は、頷いた。
「じゃあ、座らせて」
周囲の騎士たちが、半信半疑で見守る中、俺は鍼を打つ。
一本。
二本。
深くは入れない。
戦場用の、最低限の調整。
「……立ってみてください」
騎士が立ち上がり、数歩踏み出す。
「……?」
次の瞬間、表情が変わった。
「軽い……」
カナンが、即座に言う。
「走れ」
騎士は、ためらいなく走り出した。
「……っ!」
踏み込みが、明らかに違う。
訓練場が、ざわつく。
「今だけです」
俺は言った。
「一日も持たない」
「それで十分だ」
カナンは、迷いなく言い切った。
「戦場は、“今日”を生き延びる場所だ」
その言葉に、重みがあった。
カナンは、俺に向き直る。
「聞いたぞ。王子の件」
噂は、早い。
「お前、治せないかもしれないと分かった上で、引き受けたな」
「ええ」
「……馬鹿だな」
そう言いながら、彼女は笑った。
「だが、嫌いじゃない」
それは、最大級の評価だった。
「一つ、聞く」
カナンの声が、少し低くなる。
「もし戦場で、“もう助からない”兵がいたら……お前はどうする」
逃げ場のない質問。
俺は、すぐに答えなかった。
「……延命はしない」
正直に言う。
「苦しみを減らす。それだけだ」
騎士たちの表情が、変わる。
カナンは、目を伏せ――そして、頷いた。
「それでいい」
拳を、強く握りしめながら。
「それが、現場だ」
彼女は、俺に手を差し出した。
「戦場では、私が判断する」
「分かりました」
「その代わり――」
カナンの目が、真剣になる。
「お前の判断は、私が背負う」
重い言葉だ。
だが。
「……助かります」
それが、本音だった。
治療師は、孤独だ。
判断を共有できる相手は、貴重すぎる。
カナンは、最後に一言だけ言った。
「王都は、きれい事で人を殺す」
そして、背を向ける。
「だが、戦場は違う」
その背中を見ながら、俺は思った。
(この人とは、長く組むことになる)
――戦場で、命を預け合う相棒として。
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