教室の茶化し
坂井が出ていった後、教室には再び笑いの波が戻ってきた。
噂は、もうほとんど遊びの燃料だ。
「藤原ポーズ見たい!」
「詩的ポーズって何だよ、それ!」
「筋肉と詩のコラボだな!」
男子たちは机を叩いて騒ぎ、女子たちも半分呆れ顔で笑っている。
昼休みの光が、教室の埃を金色に浮かび上がらせていた。
澄音はため息をつき、文庫本をパタンと閉じた。
逃げるより、もう一言で“落とす”ほうが早い。
そんな文学的計算が、彼女の頭の中で瞬時に組み上がる。
「人間の愚行は、筋肉よりも膨張しやすいわね。」
静かに放たれたその一言は、まるで教室の空気を一瞬だけ凍らせた。
そして次の瞬間――
「詩的すぎて意味わかんねー!」
「やべえ、藤原ワールドだ!」
爆笑が起こる。
笑い声が弾け、教室の空気がふたたび柔らかくなる。
澄音は肩をすくめ、少しだけ勝利の笑みを浮かべた。
言葉で受けて、言葉で返す。
それが、彼女の防衛であり、唯一の戦い方だった。
その時、窓際の向こうから、
さっき出ていった坂井がちらりと振り返り、苦笑まじりに呟いた。
「……そういうとこ、好きだわ。」
聞こえるか聞こえないかの声。
澄音は、それをあえて聞き流した。
だが、胸の奥でなにかが、ひどく小さく鳴った。
それは、風鈴のような音だった。
夏の昼の喧騒の中で、誰にも気づかれずに鳴る、
ほんの一瞬の、心の響き。
そして彼女は、再び文庫本を開いた。
だが、その頬のあたりだけ、光が少し長く留まっていた。




