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『筋肉の詩(うた)を、君に。』 ――笑われる勇気を、青春と呼ぶなら。  作者: 南蛇井


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噂の拡散

笑いの波は、一度生まれると止まらない。

 誰かが何かを言い、別の誰かがそれを膨らませ、

 その空気がどんどん形を変えて、ひとつの“噂”になる。


 「藤原さんが、坂井を応援するんだって!」

 「しかも、ポーズ取るらしいぞ!」

 「筋肉と詩のコラボじゃん!」


 誰が最初に言い出したのか、もう誰にもわからない。

 ただ、昼休みの教室という閉ざされた生態系の中で、

 その言葉は信じられない速さで繁殖していった。


 澄音は笑うしかなかった。

 「そんなの誰が言ったの」と、

 できるだけ軽く、できるだけ優しく笑いながら言った。


 けれど、その笑いはまるで紙のように薄く、

 すぐにクラスのざわめきに呑み込まれた。


 「筋肉、筋肉、筋肉!」

 「坂井、次の体育で見せろよ!」

 「藤原さんも“詩的ポーズ”練習しとけよ!」


 ――筋肉、筋肉、筋肉。


 まるで呪文のようだった。

 その三拍子が、教室の空気を押し出し、

 澄音の内側にまで侵入してくる。


 語感が乱暴だ。

 硬くて、暑苦しくて、詩の繊細な呼吸を圧迫する。

 彼女の中の“詩人”は、机の下で小さく丸まり、

 ついに白旗を上げた。


 昨日まで「沈黙」という詩を書いていたのに。

 今日のこの空間では、言葉が暴力的に増殖している。


 誰かの笑い声が跳ね、チョークの粉が宙を漂う。

 それが光に照らされるたび、澄音は思う。


 まるで、筋肉が言葉に生えたみたい。


 それは、詩にはならないけれど、

 確かに今日の現実には似合っていた。

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