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昼の喧騒と澄音の孤立
昼休みの教室は、湯気と笑い声の渦だった。
弁当箱のフタが次々と開き、パンの袋が破れ、机の上で箸のリズムが踊る。
その真ん中で、藤原澄音はひとり静かに文庫本を開いていた。
けれど、ページをめくる指先は、あきらかに空転していた。
文字は確かに目の前にあるのに、頭の中ではまるで別の文章が再生されている。
――「いいよ、優勝したらね。」
昨日、自分が発した言葉。
あの軽やかな調子、少しだけ照れを隠した笑い。
思い出すたびに、文庫本の活字が遠のいていく。
あんな冗談、きっと風みたいに消えたはず。
そう思いたかった。
しかし、教室の風は予想以上に強く、そして不穏だった。
「おい坂井ー! 筋肉ポーズ練習してんのかー!」
「藤原さんもやるんだろ? 二人で“青春ポーズ”!」
笑い声が一気に膨れ上がる。
その中に、確かに“藤原”という名前が混ざっていた。
澄音の指が止まり、文庫本がぱたりと閉じた。
笑い声が波のように押し寄せ、そして彼女の机の前で静かに泡立った。
昼の光が窓から差し込み、机の上の文庫の背表紙に白い光が反射する。
その光は、まるで無邪気な噂のように、
彼女の静けさをじわりと溶かしていくのだった。




