「笑いの光の下で」
大会当日の体育館は、いつもの倍以上の熱気に満ちていた。
強い照明が床に反射し、ステージ前の幕にちらちらと揺れる光の模様をつくる。
その明るさのせいか、普段よりも人の気配がくっきりと感じられる。
ざわめきは、まるで絶えず寄せては返す波のようだった。
どこかで上がる笑い声、列の後ろから聞こえる椅子のきしむ音、
マイクテストの「はー、はー」という高音が混ざり、
体育館の空気に細かい振動を散らしている。
観客席には、生徒だけでなく、顧問の先生や担任、
それから保護者の姿もぽつぽつと見える。
学校行事以上、文化祭未満――そんな独特の緊張と高揚の入り混じった空気が、
会場全体をゆっくり満たしていた。
大会当日の体育館は、朝からいつもの倍以上の熱気に満ちていた。
強い照明が床のワックスに反射し、ステージの幕へとちらちら揺れる光を投げかける。
その光が、ざわめきのたびにかすかに形を変える。
ざわめきは波のように寄せては返し、
どこかで弾ける笑い声、列の後ろで鳴る椅子のきしみ、
マイクテストの高い声が、体育館全体を絶え間なく揺らしていた。
その細かな振動が積み重なり、胸の奥までじわりと染み込んでくる。
観客席には、生徒だけでなく、顧問の先生や担任、
さらに保護者の姿もぽつぽつと混じっている。
“学校行事以上、文化祭未満”。
そんな独特の温度と緊張が同居する空気が、体育館の隅々まで漂っていた。
ステージ裏は、体育館とは別種の熱気で満ちていた。
出場者たちはそれぞれの緊張を、思い思いのやり方で誤魔化している。
仲間同士で肩を組んでふざけ、わざと大げさにポーズを決めて笑い合う者。
無言でストレッチに没頭し、筋肉をひとつひとつ目覚めさせるように動かす者。
緊張を紛らわすように、ひたすら水を飲んではトイレへ向かう者。
携帯サイズの鏡を覗き込み、仕上がりを確認するかのように二の腕を撫でる者。
小さな喧騒が絶えず揺れ動く中、
その中心にいながら、澄音だけが“そこだけ空気が違う”ように佇んでいた。
深呼吸をひとつ。
脚は微かに震えているのに、心の奥はなぜか静かだった。
まるで、自分だけ別の部屋にいるような、
そんな静けさが澄音の周りにだけそっと落ち着いていた。
澄音はカーテン裏の薄暗がりで、そっと壁に背を預けた。
胸の奥で何かが細い糸のように張りつめているのを感じながら、ゆっくりと息を吸い込む。
深呼吸――ひとつ。
吐き出した息は、まるで白く見えるかのように意識の中で揺れ、
視線で追うころにはもう空気に溶けて消えていた。
手のひらにはじんわりと汗が滲んでいる。
指先を軽く握り、また開いてみると、湿った空気がまとわりついた。
そして脚。
膝の裏からふるふると震えるその感覚は、
決して一色ではなかった。
恐怖の震え。
期待の震え。
そして、逃げてばかりだった“過去の自分の残り香”のような震え。
その三つが縒り合わせになって、
一本の見えないリズムとなって澄音の身体を揺らしている。
澄音(心の声)
「……怖い。でも、それだけじゃない。」
その震えを抱えたまま、澄音はまたひとつ、静かに息を吸い込んだ。
昔の澄音なら――と、ふと脳裏に浮かぶ。
あの頃の自分は、
「笑われる前に、どこかに隠れてしまいたい」
そればかり考えていた。
ステージに上がるなんて、
自分の弱さをさらし出す行為でしかなかった。
誰かの視線が刺さるだけで心臓が縮こまり、
“見られる”ということ自体が、罰のように思えていた。
けれど今は違う。
震えてはいる。
怖くないわけじゃない。
それでも――
逃げ出したいという衝動が、胸のどこにも見当たらない。
澄音(心の声)
「……弱さを見られるのが怖いんじゃない。
ちゃんと立ちたいだけなんだ、今は。」
その気づきが、身体の奥で小さな灯のように揺れていた。
澄音は胸の奥のざわめきを、そっと言葉に置き換えてみる。
澄音(心の声)
「……怖い。
でも、逃げるほどじゃない。」
つぶやいた瞬間、
自分の中で“震えの質”がふっと変わるのが分かった。
さっきまで膝の裏でこわばっていた震えが、
まるで方向を変えるように、
身体の中心へ、静かに吸い込まれていく。
これは恐怖の残り滓なんかじゃない。
積み上げてきた時間の痕跡。
昨日より少しだけ強くなった証明。
そして今日、このステージに立つための
“準備運動”みたいなものだ。
澄音(心の声)
「……震えてるなら、大丈夫。
ちゃんと前に進む前触れなんだ。」
その思いが胸の奥で、小さく、確かに脈打った。
幕の向こうで、司会のマイクがわずかに揺れる気配がした。
名前が呼ばれる“前”の、あの独特の静寂が満ちてくる。
澄音はそっと掌を見つめ、
そこに残る汗の光を確かめるように、指をぎゅっと握り込んだ。
小さな拳。
震えはまだ消えていない。
でも──逃げたい震えではない。
澄音(心の声)
「……大丈夫。行ける。」
息を吸う。
胸の奥で、今日のためのリズムがひとつ、鳴る。
そして澄音は、震えをそのまま抱えたまま、
次に開く幕へ向かう姿勢を整えた。
一歩を踏み出すための、
限りなく静かで、
それでいて確かな“前の瞬間”が訪れていた。




