“味の詩”を書こうとして迷走する澄音
文芸部室の隅で、場違いな音が鳴っていた。
シャカ、シャカ、シャカ――。
澄音は真剣そのものの表情でシェイカーを振り続けていた。
眉間に皺まで寄せて、まるで高難度の詩形と格闘しているような迫力がある。
しかし実際に相手しているのは、ただのチョコ風味プロテインである。
「……よし」
キャップを外し、ゴク、ゴク、と飲む。
その直後、彼はあたかも味の余韻の奥に神秘の真理でも見たかのように、
ノートへとペンを走らせた。
文芸部員たちは気づかぬふりをしながら、
視線だけはじっと澄音の動向へ吸い寄せられている。
「また澄音くん……なんか始めたね……」
「うん……今日は何だろう……タンパク質系?」
ひそひそ声が飛び交うなか、
澄音はまったく耳に入っていない。
澄音(心の声)
「うん……うん……後味が、なんか……生まれかけの言葉みたい……?」
味の感想なのか詩的観察なのか不明な語彙が、
早くも迷走の兆しを見せ始めていた。
それでも澄音は真剣だった。
誰がどう見ても、前代未聞の“プロテインを飲みながら詩を書く詩人”がそこに誕生していた。
澄音はシェイカーの余韻を舌に残したまま、
“きた”とばかりにペンを走らせた。
勢いは完全に加速している。
本人は「味の詩」を書いているつもり――のはずだ。
ノートに滑り込む文字たち。
「粉の底に眠る、壊れた昨日の私――
水と混ぜれば、また立ち上がる。」
書き終えた瞬間、ペン先がぴたりと止まった。
澄音
「……ん?」
空気が微妙に揺れる。
自分の書いた一行が、思ったより“詩情”よりも“プロテイン説明書”寄りだったのだ。
澄音(心の声)
「これ……え……詩? 比喩? いや……筋トレ……?」
困惑と真剣が入り混じった表情でノートを見つめ、
澄音は自分の手が生み出した“文学か栄養補助か”判別不能な世界に、軽くめまいを覚えていた。
澄音は、そっとノートを自分のほうへ引き寄せた。
書き殴ったばかりの詩行が、強烈な自己主張を放っている。
「粉の底に眠る、壊れた昨日の私――
水と混ぜれば、また立ち上がる。」
――いま読んでも、どう見ても筋肉の再生サイクルである。
次の瞬間、澄音の耳がみるみるうちに紅葉色に染まった。
澄音
「これ……ポエムなの?
それとも栄養指導……?」
自分でも判定不能。
そのあまりの恥ずかしさに、ノートを閉じようか開き直ろうか手が震える。
背後では、杏がこっそり覗き込みながら肩をぷるぷる震わせていた。
澄音が気付かない程度の“最大限の我慢”であるが、もう限界は近い。
さらに、他の部員たちは「見てませんよ」という顔を装いながら、
読んでもいない文庫のページをやけに高速でめくっている。
めくる速度で笑いを誤魔化すという、文芸部独自の逃げ技だ。
部室全体が、静かなのにどうしようもなく可笑しい空気に包まれていた。
澄音は、赤面から立ち直るより先に、ノートをひっくり返すようにして消しゴムを握った。
「……よし、いったん消そう」
キュッ、キュッ、と必死に文字を消す――つもりが、
昨日の腕立て伏せのせいで前腕がパンパンに張っており、
妙に力が入りすぎて紙がしなってしまう。
「い、痛っ……」
肘を押さえて小さくうめいた拍子に、また甘ったるい口の中へ、
さっき飲んだバニラ味プロテインの残り香がふわりと戻ってくる。
集中しようとペンを走らせる。
だが、書いた字はどれもこれも“妙に力強い”――
まるで、詩の一行一行がスクワットしているような勢いだ。
そして読み返すたびに、羞恥が胸に刺さる。
澄音(心の声)
「なんで詩を書くだけなのに……
筋肉痛と恥ずかしさが交互に来るんだ……?」
さらに口の端で甘ったるさがじわりと主張してくる。
そのせいで比喩の方向性もつい変なほうへ滑る。
「……『後味の奥に潜む覚悟の震え』……?
いやいや、なんだよこれ……味覚の哲学者か……?」
書き直すたびに傷つき、書き直すたびに腕が痛む。
澄音の机の上には、羞恥と筋肉と甘ったるさが混ざった、
なんとも言えないカオスが漂っていた。
澄音は三度目か四度目か、もはや数えるのも嫌になってきた“書き直し”の途中で、ふっとペンを止めた。
手元のノートには、さっきまで書かれていた詩行を消した跡――
薄く灰色に残った“かすれ”が、一筋の影みたいに紙の上に残っている。
その“跡”を見つめた瞬間、胸の奥で何かが静かに重なった。
澄音(心の声)
「壊して……寝かせて……また積む……
先生が言ってた“タンパク質の再構成”って……
これ……推敲のことじゃないか……?」
ぼそりと呟いた言葉が、自分の中で形を持つ。
筋肉は、いったん壊れて休んで、それから強くなる。
詩だって、書いて壊して、寝かせて、また書いて……
震えて、迷って、恥ずかしくなって、でも積み直していく。
ページに残った“消された跡”が、なぜか温かく見えた。
澄音(心の声)
「もしかして……
詩も、筋肉みたいに“震えながら”成長する……?」
プロテインの甘さがまだ舌に残っている。
扇風機の風が、紙の端をひらりと揺らす。
文芸部室は相変わらず静かで、誰も彼の迷走を邪魔しない。
その静けさの中で、澄音の胸に小さな光が灯る。
ささやかな発見。誰にも見えない一歩。
そして澄音は思う。
――プロテインの味を言語化する迷走は、
ほんの少しだけ自分を“強くするための”迷いだったのかもしれない、と。




