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『筋肉の詩(うた)を、君に。』 ――笑われる勇気を、青春と呼ぶなら。  作者: 南蛇井


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文芸部での大爆笑 ―「料理詩人」疑惑

夕方の文芸部室は、いつものように静かだった。

ただしその“静けさ”の中で、ひときわ場違いな音が鳴っている。


――シャカ、シャカ、シャカ。


部室の隅。

澄音はシェイカーを真剣そのものの表情で振っていた。

文芸誌でも、詩集でもなく。

手元にはバニラ味プロテインの白い泡。


机にはノートが開かれ、すでに数行、味に関するメモが書かれている。

香り、舌触り、のどごし。

まるでワイン評論家のように、異様な密度で。


周囲の部員たちは、一瞬ぎょっとした視線を向けたが――

「文芸部の変人枠、今日は澄音か」

といった空気で、特に止める者はいない。

慣れと諦めが混ざった、優しい放置である。


澄音はシェイカーの蓋をそっと開け、

一度だけ深呼吸してから、口に含んだ。


(澄音・心の声)

「……バニラ系の甘さの奥に、タンパク質のざらつきを感じる……?」

「いや違う……これは、どこか“未完成な詩行”のような粗さ……?」


味なのか比喩なのか、自分でもわからない領域に突入しつつある。


もう一口飲む。

眉間に皺が寄る。

ノートにペンが走る。


「泡の立ち方が、焦った比喩の呼吸みたい……?」


(澄音・心の声)

「……ぼくは今、なにを言おうとしてるんだ……?」


文芸部室の空気は静まり返っているのに、

澄音の周囲だけが、プロテインと文学の摩擦熱で妙にざわついていた。



部室の扉がガラリと開いた。

帰ってきたのは、同学年の杏――

明るく、率直で、澄音にとって最も“遠慮なしに真実を言ってくれる”存在だ。


杏は一歩部室に入ったところで、ピタリと動きを止めた。


視線の先には、

シェイカーを両手で包み込み、

まるで高級茶の香りを味わうかのように目を閉じてすする澄音。


杏の眉が、あっという間に頂点まで跳ね上がる。


「……え、えっ……なにしてんの?」


声が裏返った。


澄音はハッとしてシェイカーを胸元に抱え、

まるで“怪しい薬品”を隠そうとする人のような挙動をとる。


澄音

「ち、違うんだ杏! これは、その……課題で……」


杏はゆっくり首を傾け、

じっと、澄音とシェイカーとノートを交互に見る。


そして、ぽつりと言った。


「詩にプロテイン……

 それはもう文学じゃなくて料理だよ。」


その瞬間、周囲で作業していた部員たちが、

「ぷっ」

と控えめに吹き出した。


杏は完全に呆れ半笑い、

澄音は耳まで真っ赤。

文芸部室の空気に、しばし温かい笑いの波紋が広がった。


澄音は、顔どころか首筋まで真っ赤に染めながら、

シェイカーをぎゅっと抱きしめた。


視線は机の木目をさまよい、

声は風に消えそうなくらい小さく――それでも、言った。


澄音

「で、でも……

 誠実さは、どちらにも必要でしょ……?」


部室が一瞬、ぴたりと静まった。


杏は、澄音の言葉を確認するようにまばたきを二度。

その後、口元が小刻みに震え――


「……っ、あはっ……はははははは!!」


椅子に手をついて笑い崩れる。


「誠実さってなに!?

 プロテインと詩を同じテーブルに置くなっての!」


涙がにじむほど笑って、

つられて部員たちも肩を震わせる。


澄音も恥ずかしさと可笑しさの境目で、

どうしようもなく口の端がゆるんでしまう。


笑われるのに、

痛くない。


むしろ――胸の奥がほんの少しあたたかかった。

杏は、もはや呼吸の仕方を忘れたかのように笑い続けていた。


椅子の背にもたれたまま上体をのけぞらせ、

腹を抱え、足をばたつかせ、

「ちょ、待って……っ、誠実……プロテインに……誠実……っ!」

と意味のわからない単語を途切れ途切れに繰り返す。


ついには、椅子の前脚が浮き上がり――

「あっ、ちょ、落ちる落ちる落ちる!!」

と叫びながら、ぎりぎりのところで机に腕を引っかけて体勢を戻した。


その全力のリアクションに、

部室中がどっと笑いに包まれる。


澄音も、最初は俯いていたのに、

その空気に釣られて――

ぷ、と小さく笑ってしまった。


(澄音・心の声)

「……こんなに笑われてるのに、すこしだけ嬉しい……?」

「馬鹿にされてるっていうより……

 “見てもらえてる”って感じがする……?」


杏は涙を拭いながら言う。


「ほんと、澄音っておもしろすぎ……!

 もう料理詩人を名乗ったほうがいいって!」


その茶化しですら、

今日は不思議と胸に刺さらない。


笑いの渦が文芸部室全体を優しく揺らし、

澄音の椅子のまわりにも、

今までなかった“余白”のような居心地の良さが広がっていた。


彼はまだ気づいていない。

その笑いの中で、

自分の居場所が、ほんの少し広がったことに。





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