対話 ― 詩人と現実の衝突
杏は椅子をくるりと回して、背もたれに肘を預けた。
その姿勢のまま、いたずらっぽく目を細める。
「ねえ、坂井くんさ、優勝したら澄音もポーズ取ってくれるって言ってたよ」
澄音のペンが、止まった。
インクの先が小さく震え、紙に黒い点を残す。
「……私、そんな約束した?」
杏は口角を上げて、にやりと笑う。
「したよ。昼休み、坂井くんに“応援してます”って言ったでしょ?」
「え、それだけで?」
「それだけで。
でも坂井くん、“ポーズ付きの応援”だと思ったらしい」
澄音はため息をつき、肩をすくめた。
「詩人の言葉は、誤読される運命なのよ」
杏は笑いをこらえきれずに言う。
「いや、それは誤読じゃなくて、単なる男子脳だね」
ふたりの間に、小さな沈黙。
けれどその沈黙は、重くも気まずくもなかった。
夕陽が机を照らし、紙の上に淡い影を落とす。
澄音はゆっくりペンを置いて、考えるふりをした。
「……男子脳、ね」
「うん。言葉よりイメージが先に浮かぶタイプ」
「文学より筋肉を信じてる感じ?」
「そうそう。で、筋肉が真実を語るんだってさ」
杏の言葉に、澄音は思わず笑ってしまった。
静かな笑い。音にならない、息のような笑い。
(筋肉が真実を語る――詩にはできないけど、妙に説得力がある)
「まあでも、そういう誤読も悪くないかも」
「へえ、珍しい。藤原澄音が現実を肯定した」
澄音は少しだけ目を伏せて、淡く微笑んだ。
「詩も現実も、だいたい誤読でできてるものだから」
杏はその答えに一瞬黙り、そしてまた笑った。
「やっぱり澄音って、真面目すぎて面白いね」
その笑い声が、また静寂の部屋に満ちていく。
澄音は窓の外に視線をやりながら、小さく呟いた。
> 言葉の重さは、受け取る人の筋肉量に比例するのかもしれない。
夕陽がゆっくりと沈み、埃が金色の粒になって舞った。
静寂の中に、まだ形にならない何か――
笑いと、わずかな動揺が、確かに残っていた。




