「筋肉とは細胞の祈りだ」
倉庫の奥で、鉄の軋む音が途切れた。
坂井がダンベルを片付けようとしたその向こう、
夕陽を背負ってひとりの影が現れた。
背筋が真っすぐに伸びた大柄の男だった。
光の中に立つその姿は、まるで――
“鉄と光のあいだを歩く人”のように見えた。
「おや、見ない顔だな。」
その声には、威圧よりも静かな温かさがあった。
振り向いた澄音は、思わず背筋を正す。
「新入部員か?」
「い、いえ……体験です。」
男――田嶋先生は目を細め、ゆっくりとうなずく。
そして、まるで詩を朗読するように言った。
「体験、か。いいね。筋肉は、一日でも祈る。」
倉庫の空気が、ひと呼吸ぶん止まる。
その言葉が、鉄の匂いと混ざって静かに沈んだ。
「……え?」
澄音が呆然とつぶやく。
坂井は得意げに笑った。
「先生、こういう人なんです。」
田嶋先生はただ、穏やかに笑っていた。
まるで、筋肉と光の両方に信仰を持つ人のように。
倉庫の奥で、鉄の軋む音が途切れた。
坂井がダンベルを片付けようとしたその向こう、
夕陽を背負ってひとりの影が現れた。
背筋が真っすぐに伸びた大柄の男だった。
光の中に立つその姿は、まるで――
“鉄と光のあいだを歩く人”のように見えた。
「おや、見ない顔だな。」
その声には、威圧よりも静かな温かさがあった。
振り向いた澄音は、思わず背筋を正す。
「新入部員か?」
「い、いえ……体験です。」
男――田嶋先生は目を細め、ゆっくりとうなずく。
そして、まるで詩を朗読するように言った。
「体験、か。いいね。筋肉は、一日でも祈る。」
倉庫の空気が、ひと呼吸ぶん止まる。
その言葉が、鉄の匂いと混ざって静かに沈んだ。
「……え?」
澄音が呆然とつぶやく。
坂井は得意げに笑った。
「先生、こういう人なんです。」
田嶋先生はただ、穏やかに笑っていた。
まるで、筋肉と光の両方に信仰を持つ人のように。
田嶋先生は、軽く腕を組んだ。
その仕草ひとつで、倉庫の空気が少しだけ引き締まる。
夕陽が背中に落ち、筋肉の輪郭を淡く照らしていた。
「――筋肉とは、細胞の祈りだ。」
静かな声だった。
けれど、その響きは鉄のように重く、確かな余韻を残した。
「毎日壊れて、また立ち上がる。
錆びても、光を求めて震えるんだ。
それが、生きるってことさ。」
言葉が倉庫の壁に反射して、ゆっくりと沈んでいく。
金属の匂いと混ざり合いながら、
どこか清らかな“響き”だけが残った。
澄音は、その場に立ち尽くしていた。
胸の奥で、何かが静かに波紋を描く。
「……詩的な人がいた。」
自分でも驚くほど自然に、その言葉がこぼれた。
坂井は満面の笑みでうなずく。
「な? 先生、文学寄りなんだ。」
田嶋先生はただ、軽く笑って答えた。
「文学も筋肉も、鍛えれば強くなる。どちらも“言葉の外側”にあるからな。」
その瞬間――澄音の中で、“詩”と“現実”の境界が、少しだけ曖昧になった。
澄音は、田嶋の言葉が沈黙の中に溶けていくのを聞いていた。
“筋肉とは、細胞の祈りだ。”――その一節が、頭の奥で何度も反響する。
最初は比喩として受け取った。けれど、違った。
それは詩ではなく、実感の言葉だった。
鉄の匂い、熱気、汗の粒。
どれもが「生きること」を語っている。
そして、その全てが“繰り返し”の中でしか生まれない。
「祈りが、筋肉の中にある……。
つまり、誠実とは“繰り返すこと”なのかもしれない。」
言葉にした瞬間、それは理屈ではなく呼吸になった。
錆びた鉄の重みも、どこか静かな鼓動のように感じられる。
澄音はゆっくりと息を吸い込む。
鉄と汗と光の混ざった空気が、肺の奥まで沁みていく。
たしかに――この空気の中で、何かが震えている。
それは詩のようで、詩ではない。
もっと、確かで、生きた“祈り”の震えだった。




