(優勝と逃走)
優勝の瞬間、体育館は爆発したような歓声に包まれた。
拍手と笑いが混じり合い、天井の鉄骨が震える。紙吹雪のように叫びが舞い、澄音の耳にはそれが遠い雷鳴のように響いた。
ステージの上、坂井が両手を高く掲げていた。
胸を張り、笑いながら、あのまっすぐな目で観客席を見渡す。
その視線が、ふと、澄音のところで止まった。
一瞬、目が合った。
光の中の坂井は、まるで少年でも詩でもなく、“信じる”という行為そのものだった。
そして次の瞬間――
彼は笑顔のまま、ゆっくりと腕を曲げた。
――「ダブルバイセップス!」
会場がどっと湧いた。
それは冗談の再現であり、約束の履行であり、なぜか胸の奥をくすぐる儀式のようでもあった。
澄音は、息が詰まるのを感じた。
頬が一気に熱を帯び、ペン先が指から滑り落ちる。
ノートを閉じる音が、歓声の中でやけに小さく響いた。
どうして、そんなふうに、まっすぐに信じられるの。
自分でもよくわからない感情が、胸の奥で暴れた。
そして気づけば、澄音は立ち上がっていた。
観客たちの間をすり抜け、出口へ向かう。
光の残像が瞼に焼きつく。
その光を直視するのが、いまはまだ怖かった。
体育館の扉を押し開けると、冷たい空気が頬を撫でた。
外の世界は静かで、太陽が少し傾き始めていた。
澄音は立ち止まり、胸に手を当てた。
――鼓動が、まだ拍手のリズムを刻んでいた。




