12/40
(坂井の登場 ― 光の中心)
坂井が登場した瞬間、体育館の空気が変わった。
まるで照明が彼の動きに合わせて呼吸しているようだった。
日焼けした肌が汗をまとい、スポットライトを受けて眩しく光る。その光は反射ではなく、自ら発しているように見える。
澄音は思わず息を呑んだ。
歓声が渦を巻く。
「うおーっ!」「坂井ー!」「いけーっ!」
体育館全体が、名前という呪文で一人の少年を支えている。
澄音はその真ん中にいる坂井を見つめながら、心の中で呟く。
まぶしい。
けれど、それは虚飾の光ではない。
彼は、自分の“信じる”を体で証明している。
そういう光を、私は知らなかった。
ステージ中央に立った坂井が、ゆっくりと両腕を掲げる。
照明が一斉に集中し、観客の声が弾ける。
――「ダブルバイセップス!!」
筋肉が、まるで生きもののように光を吸い込み、形を変える。
汗が滑り落ち、光を線に変えて彼の体を縁取る。
詩人の世界における“光”とは、通常もっと繊細なものだった。
たとえば月明かり、ガラス越しの午後、あるいは涙の縁。
だが今、目の前にあるのは――肉体の光。
澄音はノートを閉じた。
もはや言葉で説明できる領域ではなかった。
ただ、胸の奥で、何かが音を立てて揺れた。




