静寂の中の独白
放課後の文芸部室は、沈黙という名の空気でできていた。
ペン先の音だけが、かすかな命のように机の上で動いている。
藤原澄音は、ノートに詩を書いていた。
題は「沈黙」。
静寂を描こうとして、彼女はすでに三ページ目に突入している。
> 沈黙とは、音の不在ではなく、
> 言葉が生まれそこねた場所のこと。
ペンを止め、ふうと息をつく。
教室の隅で、時計が「コツ、コツ」と刻んでいる。
埃が、光の筋の中で金色に舞う。
この光景を“詩人の時間”と呼ぶなら、いま彼女はそのど真ん中にいた。
――はずだった。
けれど、心の奥底では、どういうわけか体育の号令が鳴っている。
「前へならえ!」とか「整列!」とか、やけに張り切った声が頭の中でこだまする。
さらにバウンドするボールの音、笛の音、笑い声。
静けさを描こうとすればするほど、音が侵入してくる。
(おかしい。私は静けさを好むはずなのに……)
澄音は眉をひそめた。
沈黙というものを見つめているつもりが、気づけば騒がしさの輪郭ばかりをなぞっている。
それはまるで、白い紙を描こうとして鉛筆で黒く塗りつぶしているような気分だった。
> 沈黙を描こうとすればするほど、音が侵入してくる。
> 人間とは、なんと不器用な存在だろう。
ペン先をトントンと紙に当てながら、澄音は苦笑する。
自分が“文学的真面目さ”という病を患っていることを、うすうす自覚しているからだ。
真剣に考えれば考えるほど、言葉が遠のく。
静けさを愛せば愛するほど、騒音の記憶が押し寄せてくる。
(――詩を書くというのは、なんと厄介な行為だろう)
風がカーテンを揺らし、放課後の光が机の端をすべっていった。
その一瞬の明るささえも、彼女には“沈黙の邪魔者”のように感じられる。
だが、その感じ方の過剰さこそが、澄音という人間の輪郭だった。
彼女は、自分の内側にだけ騒がしい“音楽室”を抱えた詩人だった。
それを誰にも見せずに、今日も静かにペンを走らせている――
世界が、ほんの少し笑いをこらえるような静寂の中で。




